挫折もコンプレックスもさらけ出したら、書籍出版の夢がかなった
──ご自身のコンプレックスや失敗談を赤裸々に語っているにもかかわらず、綾瀬さんの動画にはハッピーで前向きな空気が流れていますね。
YouTubeではポジティブなことを言いすぎないと決めているんです。適応障害になって人生どん底で、死にたいとまで思っていたとき、「いつか絶対に治るよ。死んだら周りが悲しむよ」と言われてもなかなか受け入れられなかったから。
前向きな言葉の意味も、元気になった今はよく分かっています。実際、生きていて良かったと心から感じています。でも、どん底にいるときは「そんなの知らないよ」と思ってしまうものですよね。
挫折を経験して思うのは、良くないことを無理にポジティブに飾り立てなくても、人生は悪いことばかりではないということ。ネガティブなこともありのままに出し切ることで、未来を見る大事さを伝えていきたいですね。
──挫折や葛藤を乗り越えてきた半生を綴ったエッセイが出版されますね。
私の動画を見つけた編集者さんが声をかけてくれたのがすべての始まりです。YouTubeを始めてから、「いつかは本を出したい」と思っていたので、出版が決定したときはうれしくて声が出ました。

──どうして本を出したいと思っていたのですか?
本にすることで、後世まで自分の言葉が残ることにロマンを感じているからです。幼いころから本が大好きで、大学時代は文学部で研究をしていたのですが、大昔の人が書いた文章に共感することが多々ありました。
夏目漱石や清少納言はとっくに亡くなっているのに、現代の私がそんなふうに思えることが面白くて。理論上、紙に残した言葉は100年後も残ります。デジタルの時代だからこそ、出版というかたちで言葉を残すことに、独特のロマンを感じていて。
実はYouTubeを始めたころは、自分も本に言葉を残したいとは考えてもいませんでしたが、見てくれる方が増えるにつれて、「せっかく本気で発信しているのだから、本を出すところまでやりたい」と強く思うようになりました。

──出版の夢をかなえるために取り組んだことを知りたいです。
本を出すために何かをしたことはないんです。活動の中で大切にしているのが、求められることをやること。自分の発信を見てもらって、本を書いてほしいとお声がかかればやりたいと思っていました。
この考え方になったのは、就職内定先で「自分はここでは求められていないんだ」と痛感した経験がきっかけです。自分が長所として推したいところと、他人が自分に求めるところは違う。そのことを身をもって知りました。
私の場合、容姿のコンプレックスがあったから、美容を頑張ってビジュアルを強みにしたかったのですが、視聴者さんが観たいのはマシンガントークが面白い綾瀬ちいなんですよね。
YouTubeを始めたころは、メイク動画を中心に公開していましたが、バーっと喋る動画を出した瞬間に一気に登録者数が伸びたんですよ。「観てほしいのはそこじゃないんだけどな」と最初は思いました。

でも、登録者数が12万人を超えた今、「人生の中で12万人の人と話せる機会なんて普通はないな」とありがたく感じています。視聴者の皆さんの期待に応えることで、貴重な経験を得られたなと。
求められたものを相手に提供すると、意外とすんなり褒めてもらえたり、「ありがとう」と言ってもらえたりします。するとこちらもうれしくなる。
自分の価値に気付いて、たくさん喋る動画を出してからは、観てくれる人の数が増えたこともあり、結果として容姿を褒めてもらえる機会も増えました。
──仕事において、やりたいことと求められることのギャップに悩む人は多そうですね。
たとえ自分の価値観と合っていなくても、求められる役割を理解して仕事にコミットする。それをかっこよさとして飲み込めたら楽になるかもしれません。
もちろん、自分の価値観を封印する必要はなくて、やりたいことはその仕事以外で存分に発揮すれば良いと思います。たとえば趣味や副業など、自由に自分を表現できる場もないと壊れちゃうし。
私のようにYouTubeにおける発信の軸を変えたら視聴数が上がったというような分かりやすいパターンはめずらしいかもしれませんが、どんな人にも求められていることがあるので、それを探してとことんやってみるのもありだと思います。
「普通」にはたらく人たちをオリンピック選手くらい尊敬している
──YouTube登録者数10万人を突破して“銀の盾”を手に入れ、夢だった書籍出版も決定。キャリアが大きく動くことで、就活失敗のコンプレックスは解消されましたか?

すべて克服したわけではありませんが、少しは自分を認められるようになりました。世の中のはたらく人たちを素直に尊敬できるようになったのは自分にとって大きなことです。
「学歴をドブに捨てたと本気で思っているし、後悔しまくり」なんて動画で言ったこともありますが、この選択を正解にするためにできることをやっていきたいですね。
YouTubeの活動が広がりお金をいただけるようになったことで、「社会に価値を提供できているんだ」と自己肯定感も高まりました。適応障害で寝込んでいたころからは想像できないほどありがたいことなので、誠実に活動を続けていきます。
社会人として当然だと笑われるかもしれませんが、YouTubeの編集が億劫な日があっても、毎週金曜日に動画を出すと決めたことは絶対に守るなど、当たり前の大切さと大変さを感じています。「普通にはたらく」ことへのあこがれがずっとあるんですよね。

──「普通にはたらく?」
たとえば、どんなことがあっても朝出勤して、週5日8時間はたらくといったことです。ルーティーンや義務に対して責任感を持って、毎日コツコツとやりきる。夜更かしした翌日にちゃんと定時に出社するって本当にすごいことだと思っています。
そんな「普通」にあこがれつつも、自分の特性を受け入れた生き方をしていきたいとも考えています。「普通」のレールから降りて、でこぼこ道を歩くしかない人にもフィットするはたらき方があるはず。
前例がなくて迷うこともありますが、「普通」にこだわりすぎず、自分にできることで価値を生み出していきたいです。自分には秀でた長所がないと思っている人にスポットライトを当てるような発信を、これからもどんどんしていきたいですね。
──最後に、スタジオパーソルの読者である「はたらく」モヤモヤを抱える若者へ、「はたらく」をもっと自分らしく、楽しくするために、何かアドバイスをいただけますか?
YouTubeで発信していると、「特別なことができて素晴らしい」と言ってもらえることがありますが、先ほども話したように、「普通をやりきること」のかっこよさに気付いてほしいです。
「普通」ってあえて取り沙汰されないので、「平凡さがコンプレックス」とよく耳にします。でも、私にとって「普通」はオリンピックに出るくらいかっこいいこと!私には到底辿り着けない境地です。
それに、仕事だからといって、完璧な人間へとスイッチを無理に切り替えなくて大丈夫。私は、会社に馴染めなかったり、就活に失敗したりした自分を許せず苦しみましたが、今思えば完璧以外を認められずに身動きがとれないのはもったいないですよね。
皆さんには「こうあらねばならない」「仕事を楽しまないといけない」と思いすぎないでほしいです。職場で怒られたとき、それはあなた自身が否定されたわけではありません。会社はあなたのアイデンティティを預かる場所ではないので、対価をいただく関係だと思えたら少し楽になるかもしれません。
自分の未熟な部分やできないことは、社会に出ても持ったままでいい。完璧じゃなくていい、まず「いればいい」くらいの気持ちで、ぜひ一歩踏み出してみてください。

(「スタジオパーソル」編集部/文・写真:徳山チカ 編集:いしかわゆき、おのまり 写真提供:綾瀬ちいさん)

