最新エンタメ情報が満載! Merkystyle マーキースタイル
二宮清純の「“平成・令和”スポーツ名勝負」〈大谷翔平、MLB報復の連鎖に断〉

二宮清純の「“平成・令和”スポーツ名勝負」〈大谷翔平、MLB報復の連鎖に断〉

「ドジャース VS パドレス」MLB公式戦/2025年6月19日

 温厚なイメージのあるプロレスラーのジャイアント馬場がしばしば口にしていた言葉がある。

「次は目には目を、歯には歯をだよ!」

 外国人ヒールの凶器攻撃に遭い、出血を余儀なくされた時など、よく先の言葉でリベンジを誓っていた。

 元々この言葉は、紀元前1750年頃、メソポタミアの南部を支配したバビロニア王国のハンムラビ王が制定した「ハンムラビ法典」に出てくるもの、と言われている。

 目を潰されたら、目を潰し返せ! 歯を折られたら、歯を折り返せ!

 てっきり、そういうものだと理解していたが、どうやら違うようだ。受けた以上の報復をしてはならない、という戒めの言葉であり、際限なき報復の連鎖を食い止めることを目的につくられた法典だという。

 言葉の解釈はともかく、「ぶつけられたら、ぶつけ返せ!」がMLBの掟である。これがアンリトゥンルール、すなわち書かれざるルールだ。

 報復にもバランスシートがある。チームの主砲が狙われた場合、同格の選手が対象となる。腕にぶつけられたら腕、頭にぶつけられたら頭が狙われる。

「これでは報復の連鎖が終わらないのではないか」

 鉄火肌で知られるMLB監督に聞いたことがある。次の言葉が返ってきた。

「痛い目に遭わさないと、またやってくる」

 まるで暴力の抑止力を正当化するような物言いだった。よくも悪くも、これがMLBのリアルである。

 ドジャースの大谷翔平が、投手にとっては命とも言える右肩付近にぶつけられたのは、今年6月19日(現地時間)、本拠地でのパドレス戦だ。

 ぶつけたのは阪神でもプレーしたことのある守護神のロベルト・スアレス。パドレス5対2のリードで迎えた9回裏2死三塁、3ボールナッシングから160.6キロのストレートを大谷の上半身目がけて投げ込んできた。

 コントロールのいいスアレスが“投げミス”をするはずがない。ドジャースのデーブ・ロバーツ監督は「意図的だ」と激怒した。

 この報復死球には前段がある。9回表、パドレスの主砲フェルナンド・タティス・ジュニアがジャック・リトルから右手首にぶつけられ、負傷退場。怒ったマイク・シルト監督がベンチを飛び出すと、ロバーツ監督も応戦し、両軍選手は本塁付近でもみ合った。

 実は大谷、この2日前にも右太もも裏に死球を受けていた。抗議したロバーツ監督は退場となった。

 16日からの4連戦、パドレスとドジャースの死球は、ともに4つずつの計8つ。報復が次なる報復を招く悪循環に陥っていた。

 それを鎮静化させたのが大谷である。痛がるそぶりも見せずに一塁に向かって歩き始めた大谷は、ベンチを飛び出そうとする仲間たちを左手で、「来るな!」と制し、やり返す意図がないことを示すように、腕を後ろに組んでパドレスベンチに近付き、元同僚でDH出場のホセ・イグレシアスと談笑し始めたのだ。いくらエンゼルス時代のチームメイトとはいえ、誰もができる芸当ではない。

 さらには守備位置に戻った一塁手のルイス・アラエスともなごやかに会話をかわした。

 これぞ“神対応”。MLBにはびこる“報復病”への処方箋を、大谷は身をもって示したのである。

二宮清純(にのみや・せいじゅん)1960年、愛媛県生まれ。フリーのスポーツジャーナリストとしてオリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシングなど国内外で幅広い取材活動を展開。最新刊に「森喜朗 スポーツ独白録」。

配信元: アサ芸プラス

あなたにおすすめ