想いを込めた差し入れ
ひそかに想いを寄せている同僚の彼に、少しでも喜んでほしくて、私はときどき手作りの焼き菓子を持っていきます。彼だけに渡すのは照れくさいので、職場のみんなで分けられるように多めに焼くのが、私なりのやり方でした。この日も給湯室で箱を開けていると、彼が通りかかり「配るの手伝うよ」と引き受けてくれました。彼が私のお菓子をみんなに手渡してくれる。それだけのことが、私にはちょっとした幸せだったのです。
名前を呼ばれない私
彼は一つずつお菓子を配りながら、「これ、先輩からの差し入れだよ」と、誰が持ってきたのかを添えて渡していきます。受け取った人が「ありがとう」と笑顔になるたびに、場の空気がやわらかくなっていきました。ところが、私の焼き菓子の番になったとき、彼は名前を口にしませんでした。「よかったら、どうぞ」。ただそれだけを言って、隣の席へ進んでいったのです。私は思わず彼の口元を見つめましたが、その後も、私の名前が出てくることはありませんでした。
