
インド洋の深海に、まるで「死者の都市」のような場所が見つかりました。
そこに広がっていたのは、クジラの死骸や化石が約1200kmにわたって連なる巨大なクジラの墓場だったのです。
中国科学アカデミー(CAS)らの国際研究チームは、インド洋南東部のディアマンティナ断裂帯を有人潜水艇で調査し、5つの比較的新しいクジラの死骸と、476個体分の化石化したクジラ遺骸を確認。
中には約530万年前にさかのぼる化石も含まれており、この場所では少なくとも数百万年にわたって、クジラの死骸が海底に蓄積し続けてきた可能性があります。
研究成果は2026年6月10日付で科学誌『Nature』に掲載されました。
目次
- 深海底に広がっていた「クジラの死者の都市」
- なぜクジラの骨は500万年以上も残ったのか
- クジラの死骸がつくる深海のレストラン
深海底に広がっていた「クジラの死者の都市」
クジラが死ぬと、その巨大な体は海に沈み、やがて海底に到達することがあります。
これは「ホエールフォール」と呼ばれます。
太陽光の届かない深海では食べ物が乏しいため、クジラの死骸は多くの生物にとって、突然現れた巨大なごちそうになります。
肉を食べる生物が集まり、骨の中の脂質を利用する細菌が増え、さらにその化学エネルギーを利用する生物たちが集まります。
つまり、クジラの死骸は、暗く冷たい海底に一時的な「生命のオアシス」を作るのです。
今回、研究チームが調査したのは、オーストラリアと南極大陸の間に位置するインド洋南東部のディアマンティナ断裂帯です。
ここは海底に深い断裂や谷が走る場所で、水深は4616〜7001mに達します。
研究チームは有人潜水艇を使い、海底を直接観察。
すると、約1200kmにわたる範囲で、クジラの死骸や化石が次々と見つかったのです。
【実際に見つかったクジラの墓場の一部がこちら】
確認されたのは、比較的新しい5つのホエールフォール群集と、476個体分の化石化した鯨類遺骸でした。
これは、これまでに知られていたクジラ遺骸の集積地としては、最大級であり、最深であり、最古級のものです。
ただし、ここで注意したいのは、「約500頭のクジラが一度に死んだ」という意味ではない点です。
むしろ、この場所では長い時間をかけて、クジラの死骸が少しずつ海底にたまり続けたと考えられます。
いわば、数百万年かけて形成されてきた、深海の巨大な墓地なのです。
なぜクジラの骨は500万年以上も残ったのか
深海に沈んだ死骸は、普通なら長くは残りません。
肉は食べられ、骨も骨を食べる生物や化学的な作用によって、しだいに失われていきます。
では、なぜディアマンティナ断裂帯では、530万年前のクジラ化石まで残っていたのでしょうか。
その鍵の1つが、今回多く見つかった「アカボウクジラ類」にあります。
アカボウクジラ類は、外洋に暮らし、深く長く潜ることで知られるクジラの仲間です。
人間が観察しにくい場所で生活しているため、現在でも生態には分かっていない点が多くあります。
今回の化石の多くは、このアカボウクジラ類の頭骨、特に上顎からくちばしのように伸びる吻部(ふんぶ)でした。
【実際に発見された吻部の化石の画像がこちら】
この部分は非常に密度が高く、鉱物成分も多い骨です。
そのため、深海に沈んだ後も腐食せずに長く残りやすかったと考えられます。
さらに、骨の表面に鉄マンガン酸化物が付着すると、骨はまるで天然の石棺に包まれたような状態になります。
これにより、骨の分解が抑えられ、数百万年単位で保存された可能性があるのです。
加えて、ディアマンティナ周辺は堆積物がたまりにくい場所でもあります。
通常、海底の古い骨は、泥や砂に埋もれて見えなくなります。
しかし、この場所では堆積速度が非常に遅いため、骨が長い間、海底に露出したまま残りやすかったと考えられます。
つまり、このクジラ墓場は、クジラの骨そのものの丈夫さと、深海の地形・堆積環境が重なって生まれた、きわめて特殊な化石アーカイブだったのです。

