シドニーオリンピック(2000年)女子マラソンで、日本人初となる金メダルをもたらした高橋尚子が、とんでもないことを暴露した。「絶好調」と報じられていた本番前、実は全く逆の状態だったというのだが…。
YouTubeチャンネル「東海テレビ陸上部」の6月11日の動画で思い出の合宿地を問われると、強化合宿で走り込んだ徳之島(鹿児島)の練習コース(1周31.2㎞)であり、自身の名前がついた「尚子ロード」を挙げた。
「徳之島の40㎞の練習で…ちょうどシドニー予選会の名古屋で走る前に、2月の段階で胃潰瘍と胃痙攣になって病院に運び込まれたことが…。徳之島の合宿に行く前日に運ばれて(小出義雄)監督に『何もなかったかのように振る舞え。女優になれ』って言われて『行ってきます』って空港から出て、向こうですぐ夜中に病院に運ばれたんですよ」
そのまま入院措置となり、退院した2日後には40kmの公開練習があった。3日間、何も食べずに点滴だけで過ごし、退院した時は100メートルも歩けないほどフラフラだったという。
そこで小出監督の口から出たのはまたしても「明後日から40kmだから女優になれ」だった。
口からでまかせがうまい人なので…
再び高橋が振り返る。
「本当にいちばん苦しい40kmだった。尚子ロードできつくないフリをしながら走り切って。『走り切ったら、あとは俺がどうにかしてやる』って、監督がその後、記者を飲み会に誘って『(高橋は)調子いいよ、調子いいよ』って口からでまかせがうまい人なんで、次の日の新聞に『高橋、絶好調!』って出たんですよ」
高橋はシドニー最終選考会の名古屋国際女子マラソン(2000年3月12日)に、体調が万全でないながらも出場し、なんと大会新記録で優勝。見事に代表の座を獲得した。
あの金メダルの裏には、想像を絶するエピソードが隠されていたのである。
(所ひで/ユーチューブライター)

