
■世界で最も有名なMV「スリラー」
まず紹介したいのが、マイケルのみならず音楽史に残るMV「スリラー」。『狼男アメリカン』(81)の変身シーンを気に入ったマイケルがジョン・ランディス監督にオファーを出した本作は、約14分にもおよぶ短編映画だ。
夜の森を恋人と歩いていたマイケルは、彼女にプロポーズをする。だがその直後、狼男へと変身し、彼女に襲いかかる――。これは実はマイケルと恋人が観ていたホラー映画のワンシーン。怖くなった彼女は映画館を飛びだし、マイケルはからかうように「スリラー」を口ずさみながら一緒に帰路につく。やがて2人が墓地の前を通りかかると、墓穴から次々とゾンビたちが出現し、取り囲まれてしまう。ついにマイケル自身もゾンビへと変貌し、踊りながら恋人を空き家へと追い込んでいく。
ホラー映画へのオマージュが盛り込まれた本作は、『狼男アメリカン』でオスカーを受賞した巨匠リック・ベイカーが特殊メイクを担当。黄色い縦目の狼男マイケルに加え、蒼白でギョロッとした目が特徴的なゾンビマイケルなど数多くのゾンビが登場するが、どれもテイストが異なっており、個性豊かなメイクは圧巻だ。

そんなゾンビ軍団がキレのあるダンスを踊りながら、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(68)さながらに襲来する様子はクールで、VHSが100万本以上売れたというのも納得。MVを販促用からアートへと昇華させたほか、メイキングドキュメンタリーの存在を一般化させるなど(舞台裏を捉えた「The Making of 'Thriller'」もリリースされた)、ポップカルチャーに多大なる影響を与えた。
■マコーレー・カルキンも出演の「ブラック・オア・ホワイト」
そのランディス監督は「スリラー」だけでなく「ブラック・オア・ホワイト」のMVも手掛けており、こちらも11分というショートフィルムと呼ぶべき代物。
音楽を爆音で聴いていたことを父親から注意された息子(マコーレー・カルキン)が腹いせに爆音をギターでかき鳴らすと、その音圧で父親がアフリカに飛ばされてしまい、そこに現れたマイケルが次から次へと場所を変え、世界各国の人々と歌い踊るというコミカルな内容だ。
人間の顔が次々と切り変わっていく“モーフィング”といった技術を駆使して人種間の調和を示すほか、黒豹となったマイケルがストリートで破壊の限りを尽くす後半の“パンサー・パート”では人種差別への怒りを表すなど、多彩なアプローチで「人種や文化の違いを超えて、人はつながれる」というメッセージを表現した。
■スコセッシの初MV作品となった「バッド」
代表曲の一つに挙げられる「バッド」のMVも18分にわたるショートフィルムで、『タクシードライバー』(76)のマーティン・スコセッシ監督が、初めてMVを手掛けている。『ハスラー2』(86)などのリチャード・プライスが、私服警官に強盗と間違えられて射殺されてしまったハーレム出身の少年の実話をベースに脚本を書き上げた。
寮制の名門高校に通うダリル(マイケル)は、休暇で地元ニューヨークへと戻るが、昔の仲間たちとの関係に居心地の悪さを感じるように。一方、不良仲間のリーダー、ミニ・マックス(ウェズリー・スナイプス)も変わってしまったダリルをよく思わず、挑発する。
これにカッとなったダリルは地下鉄で老人を襲うことで自分が未だにワルであることを示そうとするが、寸前のところで思いとどまり老人を逃す。仲間たちから「お前はもうワルじゃない」と突き放されるダリルだったが、地下鉄で「バッド」を歌いながら、自分らしくあることを示し、一目置かれる存在として認められる。

スコセッシ監督ならではのニューヨーク犯罪映画的雰囲気がモノクロで映しだされるドラマパートから一転し、カラーとなるダンスパートは『ウエスト・サイド物語』(61)の駐車場での「Cool」のシーンの影響を感じさせる。なお、撮影が行われた「ホイト-スカーマーホーン・ストリーツ駅」はマイケルがカカシを演じた『ウィズ』(78)でもエメラルドシティの地下鉄駅として登場したゆかりの地でもある。
■フィンチャーのスタイリッシュな映像が味わえる「フー・イズ・イット」
恋人に去られた男性の絶望を歌った「フー・イズ・イット」のMVを手掛けたのが、もともとMV監督出身からキャリアをスタートさせ、『セブン』(95)や『ファイト・クラブ』(99)といった作品を世に送りだしたデヴィッド・フィンチャー監督だ。
マイケルがホテルの一室で「Alex」と記された銀色の名刺を見つけ、動揺しながら歌うところから始まるこのMVでは、映像が進むにつれ、モデルの恋人(ヤスミン・ル・ボン)が、コールガールとして様々な名前を使い分けているまさに「フー・イズ・イット」な様子と、その秘密を知り打ちひしがれて去っていくマイケルが同時に映しだされる。
青みがかった映像が生みだすスタイリッシュだが不穏な雰囲気、ILM出身ならではのVFX使いなど、随所にフィンチャー監督らしさが滲み出た1作となっている。
■スパイク・リーの社会派な一面が炸裂する「ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス」
『ドゥ・ザ・ライト・シング』(89)のスパイク・リー監督が手掛けた「ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス」は、「プリズン・バージョン」と「ブラジル・バージョン」の2種類のMVがあることでも有名な1曲。
楽曲は人権を踏み躙られた人々の怒りを歌ったもので、「プリズン・バージョン」ではマイケルが独房の中で怒りを露わにし、食堂の囚人たちもそれに同調していくという内容。ロドニー・キングへの暴行をはじめ、天安門広場での軍の弾圧といった実際の映像を用いており、人種問題に切り込んできたリー監督らしい社会派な作品だが、MTVでは放送を許されなかった。
また「ブラジル・バージョン」はファベーラと呼ばれるスラム街でのロケが行われ、大勢の人々のなかでマイケルが歌うというものとなっている。なおリーは、これらの2つのMVと世界各地で広がるブラック・ライブズ・マター運動の様子を組み合わせたアップデート版「They Don't Care About Us (2020)」もリリースしている。
■ハリウッドスタジオで撮影された「リメンバー・ザ・タイム」
最後に紹介するのは、『ボーイズ’ン・ザ・フッド』(91)のジョン・シングルトン監督による古代エジプトを舞台にした「リメンバー・ザ・タイム」の約9分にわたるMV。
マイケル演じる魔術師は、ファラオ(エディ・マーフィー)の妻ネフェルタリ(イマン)を楽しませようと歌い踊る。しかし、それを快く思わなかったファラオに追っ手を仕向けられ、身を隠しながらもネフェルタリと逢瀬を重ね…という物語が繰り広げられる。
ユニバーサル・スタジオ・ハリウッドのバックロットで撮影されており、ゴージャスなセットやマイケルが魔法を使う際の視覚効果などハリウッド感満載の大作となっている。

このほかにも、特殊メイクアーティストのスタン・ウィンストンが監督を務め、スティーヴン・キングが脚本を書いた約40分にもおよぶ「ゴースト」など、映画関係者とのタッグで個性的な作品を生みだしてきたマイケル。『Michael/マイケル』の劇中でも「スリラー」などのMV制作の様子が再現されているので、鑑賞前にこれらのショートフィルムをチェックしておくとより楽しめるかもしれない。
文/サンクレイオ翼
