野球にせよサッカーにせよ、昔から日本戦となるとやたら闘志を燃やして挑んでくる韓国チーム。毎度のことながら「因縁」や「遺恨」が絡む熱いが繰り広げられてきたのが「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」だ。
伝説の幕開けは2006年2月21日、福岡ドームで行われた日本代表の初練習後、イチローが記者団とのインタビューで放ったこんなひと言だった。
「勝つことだけに満足するのではなく、試合を見守っている日本のファンに、すごい試合だったと感じさせたい。(韓国、台湾など相手チームには)これから30年間は日本に勝てないことを思い知らせたい」
むろん「圧倒的な実力差を見せつけて勝つ」という、プロとしての決意を語ったにすぎない。しかし、その挑発的な響きが海を越えて韓国に届くと「侮辱」として曲解され、韓国国内の世論が沸騰。野球史に残る日韓の因縁を決定づけることになったのである。
3月5日、東京ドームで行われた1次ラウンド初戦。結束を固め、異常なまでの闘志を燃やして挑んでくる韓国を、日本は14-2で圧倒。ところが1位と2位を決める試合には0-1で敗れ、続く2次ラウンドも1-4で日本が連敗を喫した。
すると試合終了後、勝利に興奮した韓国チームの徐在応(ソ・ジェウン)があろうことか、韓国国旗をマウンドに突き立てたのである。
その光景を目の当たりにしたイチローは「野球人生で最も屈辱的な日」と吐露したが、その屈辱こそが準決勝での雪辱、そして初代王者への原動力となったのは紛れもない事実だろう。
「汚点になるところだった。本当にしゃくに障りましたからね」
そして迎えた2009年の第2回大会。韓国が1次ラウンド、2次ラウンドで日本に連勝。アメリカ・サンディエゴで迎えた準決勝は、先発マウンドの上原浩治が韓国打線を7回まで被安打3、8奪三振という快投。打線は7回、代打・福留孝介の2ランで均衡を破ると、イチローの執念の一打で一気に5点を挙げて、日本が6-0で完勝した。見事、決勝進出の切符を手にすることになったのである。
「今日、負けるのは日本のプロ野球の汚点になるところだった。本当に気持ちいいですね。本当にしゃくに障りましたからね。野球というのはケンカではないですけど、そんな気持ちだった」
試合後のインタビューで、イチローはそう語っている。
どんな批判にも屈せず、毅然とした態度を貫いたイチローの気迫あふれるプレーが日本中、いや世界中のWBCファンを沸かせた試合。言葉の真意を超え、両国のプライドが激しくぶつかり合ったのは、あの「問題発言」があればこそだ。
それは単なる舌戦ではなく、WBCを世界的なエンターテインメントへと昇華させた、重く熱い「宣戦布告」だったのである。
(山川敦司)

