村瀬秀信氏による人気連載「死ぬ前にやっておくべきこと」。荒木村重を25年追い続ける女性・しんのじをインタビュー(前編)。荒木村重に対する熱い思いをたっぷり語っていただいた。
彼女が愛したのは「敗者の村重」だった
2014年、NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』で荒木村重が厚く描かれた。制作側にとっても挑戦だったことは14年間、村重と向き合い、30代も半ばの会社員となっていたしんのじには理解できた。
「ありがたいのは当然ですが、一方で、大河で悪く描かれたら世間の村重像が固定されてしまう。私はネガティブな村重でもいいと思ってたけど、それだけで終わってほしくない。どういう扱いになるんだろうって、ハラハラしていました」
ところが、蓋を開けると想像以上のサービスシーン満載。村重の茶人としての顔まで掘り下げてくれたのだ。その背景には、丁度その頃に見つかった一通の手紙があった。
京都市の寺に残された所領争いの証文。雑談として添えられた黒田官兵衛から村重への一行「お会いできなくて残念でした」。あの幽閉事件のあと、2人は完全に決裂してはいなかったらしい。村重を取り巻く空気が確かに変わり始めていた。
「この大河を境に、まんじゅうしかなかった伊丹市が、駅前に官兵衛の姫路から藤棚をもらってきて仲直りの証しとして名所としたり、村重の名前を冠したお茶や缶バッジが売られたり。ご当地キャラ『たみまる』は突然鎧を着て『村重たみまる』になりました。何も望めないから自作で村重グッズを作るしかなかったのに。こんな日が来るなんて…」
まさに下克上である。そんな折に伊丹の駅前で『荒木村重のことをよろしくお願いします』とビラを配る上品なおばあさんを見掛けた。間違いない。あれは、子孫の方だ。一族が信長に誅された村重も、逃げ延びた子がいる。確証はないが、きっと子孫の方だ。
「もう妄想じゃない」。村重が生きた証しがそこかしこにある。しんのじは胸を熱く焦がした。
次の村重ウェーブは直木賞作、米澤穂信『黒牢城』が発売とされた’21年。この年『戦国無双5』で、有岡城の戦いがステージに実装された。村重はシナリオのボスとして登場し、プレイヤーが攻めあぐねると戦況は村重に傾き、歴史上起こらなかった毛利軍との合流を果たす。歴史のifであり畏怖。しんのじは当然、わざとミッションを失敗する。やがて村重が待ち続けた幻の援軍と肩を並べ、戦場に立った。
「…ダメでした。あれはダメだった。歴史改変が嫌いなわけじゃない。私は史実よりも創作に楽しみを見出すタイプですよ。でも毛利が来ちゃダメなんですよ。あそこで城を捨てて逃げたからこそ、私の中の村重は人間として美しい。籠城が成功してしまったら、魅力のないものに感じられてしまった。村重は挫折している。そこから自由に羽ばたく。それが私にとって大きかったんだなって、ゲームで気づかされました」
【死ぬ前にやっておくべきこと】アーカイブ
「村重名鑑」を伊丹市に寄贈したい
その気づきは、しんのじ自身の人生にも重なる。数年前、彼女は上司との折り合いが悪く1年ほど休職した。仕事は頑張っていたつもりだった。会社に行けなくなった日、同期のキャリアコースから外れる予感に、足元が崩れた。その時、彼女を立ち上がらせたのも、やはり450年前に有岡城を捨てたあの男だった。
「『荒木村重みたいな人もいるしな』って思ったんです。逃げても、世間にひどく言われても、出家して名前を変えて、それでもまた茶人として立ち上がった男がいる。だったら私も、ここでちょっとつまずいたぐらいなんてことない。大丈夫だろうって」
復職してみると、元いた部署は解体されていた。病んだ人が多すぎたのだ。まるで織田家臣団のようだが、今、彼女は村重と同じように、全く違う部門で生きている。シュミの荒木村重に没頭しながら。
’22年、伊丹ミュージアム特別展「荒木村重」が開催。『黒牢城』が直木賞受賞。’23年は北野武監督『首』が公開。村重役は遠藤憲一で主役級の扱いである。しんのじは、村重の刺繍を施したブルゾンを晴れ着として初日の劇場に乗り込む。あわやカンヌにも乗り込む寸前だった。
「『首』の時に思いました。これだけ村重のことを考えてきた人間にしか許されない喜びの領域があるんだなって。私にとっての村重は“天気”のようなもの。コントロールできなくても、当たり前に生活の中にあり、過ごしやすい日が続くと世界が少し明るくなる」
そして今年。村重イヤーがやってくる。大河ドラマ『豊臣兄弟!』、映画『黒牢城』。25年の壁打ちが結実したかのような僥倖。しかし、これで終りではない。しんのじが「死ぬ前にやっておくべきこと」の野心をこう語る。
「『村重名鑑』を作りたいんです。古今東西の小説、漫画、ゲーム、映画、ドラマ。荒木村重が出てくる作品をすべてまとめた本。ちゃんと作り込んで、伊丹市に寄贈できたらステキじゃないですか? 仕事にしたいとか、お金を稼ごうとは思わない。私は、伊丹出身ではない、東京生まれの東京育ち。たった1人で25年村重を応援してきた。『村重と伊丹の町がこんなに好きでした』って言えれば、それで満足なんですよ」
信長も秀吉も家康も、キャラクターは固まりきっている。だが村重は違う。再評価が始まったばかりで、これからどう描かれるか、まだ誰にも分からない。
「黎明期から評価が変わっていく様も含め、全部追っかけて死ねるんじゃないか、という希望は、長い時間見続けた人間の特権ですよ」
450年前、城を捨てて逃げた男。25年前、その背中に惚れた女。2人の長い旅は、まだ終わらない。
(完)
「週刊実話」6月18日号より
