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押井守が“評判の悪い”実写映画を撮りたい理由。『ボトムズ』ファンの不安に「そう思うのも仕方ないかと(笑)」【押井守連載「裏切り映画の愉しみ方」最終回『バーン・アフター・リーディング』後編】

押井守が“評判の悪い”実写映画を撮りたい理由。『ボトムズ』ファンの不安に「そう思うのも仕方ないかと(笑)」【押井守連載「裏切り映画の愉しみ方」最終回『バーン・アフター・リーディング』後編】

独自の世界観と作家性で世界中のファンを魅了し続ける映画監督・押井守が、Aだと思っていたら実はBやMやZだったという“映画の裏切り”を紐解いていく連載「裏切り映画の愉しみ方」。最終回の後編では、現在制作中の『装甲騎兵ボトムズ 灰色の魔女』(全二部作、第1作は11月20日公開予定)における、“監督としてのバランス”まで語る!?

■「映画を撮るのがとても楽しいので、撮り続けることに意義があると考えている」

――コーエン兄弟の『バーン・アフター・リーディング』(08)の後編です。彼らがアカデミー賞に輝いたヘビーな映画『ノーカントリー』(07)のあとに、豪華キャストでこんな軽いブラックコメディを撮り、観客を「裏切ろうとした」気持ちが同じ監督としてはよくわかる…というお話です。前回の終わり、押井さんは先日、亡くなった映画監督、長谷川和彦さんについて語ろうとしていましたが…。

「うん、だから彼は結局、生涯、長編を2本しか撮らずに亡くなったわけだけど、その『青春の殺人者』(76)と『太陽を盗んだ男』(79)だけで日本の映画史に名前を残す監督になったんですよ。ほかにたくさん撮っていたら、そうはならなかったかもしれないとも思うじゃない。2本しか撮ってないのに、その2本が傑作と言われているわけだから絶対にいろんなオファーが来たはずなんです。でも、彼は撮らなかった。自分のフィルモグラフィにキズをつけたくなかったのか?単に映画に対する情熱がなくなったのか?ほかの楽しいことを発見したのか?その辺はわからない。依頼もあり、おそらく脚本も書いていただろうに結局、最後までメガホンを取らなかった。連合赤軍を描いた5、6時間になりそうな脚本を書いているという話を聞いたことがあって、さすがに長いので切るように頼んだら、絶対に切らないと言ったそうだよね。やっぱりそれは、撮る気がなかったからなんじゃないかと、私は思うんですよ。

ほら、実在の作家と編集者の話で、そういうのがあったと言ってたよね?作家の長ったらしい原稿を、編集者と2人して削りまくって出版したって」

――それはトマス・ウルフと名編集者のマックス・パーキンズの関係性を描いた『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』(16)です。確か半分くらいに削っていた。私はトマス・ウルフに興味があったのでとてもおもしろかったですね。

「出版したいのならそこは譲るものなんです。優先順位の一番は出版することなんだから。映画だって同じ。撮るのが優先順位の一番。だったら普通は妥協するものだと思うけど、長谷川監督はしなかった。やはり映画への情熱が薄れたのかと思うわけです。私は映画を撮るのがとても楽しいので、そういう選択肢はありません。撮り続けることに意義があると考えているから。

だから問題は、なぜ敢えてしょうもない映画を撮るのか?それは必要なことだと言いたいんです。私は名匠やら巨匠と呼ばれるような監督にはなりたくないので。何度も言うけど、それを受け入れちゃったのが(スタンリー・)キューブリックです」
“巨匠”として世界的に知られているスタンリー・キューブリック(写真は『時計じかけのオレンジ』撮影時)
“巨匠”として世界的に知られているスタンリー・キューブリック(写真は『時計じかけのオレンジ』撮影時) / [c]EVERETT/AFLO


――押井さんが好きなデビッド・リーンも巨匠と呼ばれ、作品数も少ないですよ。後年は4年に1本くらいしか撮ってなかった。

「彼の年齢もあるんだよ。巨匠という呼び名がふさわしいくらいの年齢だったから。時間が必要だったのは歴史を撮っていたからだよね。おもしろいのは、その物語を動かす主人公が性的な人間だというところ。最後の作品になった『インドへの道』(84)には歴史を描くのが半ば惰性となり、自己模倣になっていた。もう“性的人間”じゃなくなったからですよ。つまり、彼を支えているのは歴史ではなく“性的人間”のほうだったということ」

――そう言われると『アラビアのロレンス』(62)も官能的な映画でした。

「でしょ。監督というのはそもそも、個人的な理由でしか映画を撮れない。使命感で撮るなんていうのは、私は信じない。自分の欲望を満たすためにしか撮れないんです。それがたとえ請負仕事であっても!だから、自分のなかに欲望がある限り、映画を撮るのは常に可能だということです。

もう1人、模倣映画の巨匠といえば(アルフレッド・)ヒッチコックですよ。その手の監督の元祖と言ってもいいくらい。彼の目的は成功すること。成功するため自己模倣を続けたんです。その一方で、生涯、好きなことだけをやった監督がいる。巨匠になることも成功することもなく、別の意味で名を成した監督…(ジャン=リュック・)ゴダールですよ。彼の映画、『勝手にしやがれ』(60)以外は全部、赤字だから」

■「『ボトムズ』は実は一瞬、バカになりかけた。でも、ギリギリ踏ん張った!」

――『女と男のいる舗道』(65)や『気狂いピエロ』(65)等、有名な作品ですが、そういうのも赤字?

「赤字です。ゴダール唯一のハリウッド映画『軽蔑』(63)もまっかっか。なぜこの仕事を受けたのかは知らないけど、その理由はわからないでもない。多分、『ハリウッドでオレ流の映画が撮れるのか、試してみよう』『違うことをやってみようか』だったんじゃないかと。一応、当時の人気俳優、ブリジット・バルドーやミシェル・ピコリを起用していて、ゴダール作品のなかではわかりやすい。とはいえ、案の定というか、やっぱりわけのわかんない映画になっていた。

で、肝心なのはそこ。映画監督は、時に自分自身のイメージを裏切りたくなるものなんです。それもまた、私があんな評判の悪い実写映画をたまに撮る理由です。ファンの間で、そういうのを観ることを“年貢”とか“税金”とか言われているというのは途中で知ったんだけど!私の仕事がなくなると『攻殻機動隊』も『パトレイバー』も観られなくなるから、みんなで押井監督を支えようっていうんでしょ?」
押井監督最新作となる『装甲騎兵ボトムズ 灰色の魔女(ヘクセ)』
押井監督最新作となる『装甲騎兵ボトムズ 灰色の魔女(ヘクセ)』 / [c]SUNRISE


――押井さん、ちゃんとわかっていらっしゃるようなので、今度の『ボトムズ』は大丈夫ですよね?

「いまの段階では詳しいことは言えませんが…実は一瞬、バカになりかけた。でも、ギリギリ踏ん張った!」

――よかったー!みんなほっとしますよ!

「いまの宣伝のやり方は、情報を公開まで小出しにして、絶対にネタバレがないようにしている。最初のティザーを流した時、6割がたが『唯一の心配材料は押井守』だって言っていたよね。『また、やらかすんじゃないか』とか『キリコが立食い蕎麦に行くんじゃないか』とか『アクションは5%くらいで、あとは能書きなんじゃないか』とか。みんながそう思ってしまうのは、まあ仕方ないかと(笑)。

でもさ、私のなかでもバカをやるバランスと、真面目に勝負するバランスというのがあって、今回は真面目に勝負するほうに向いている…まだ揺れてはいるんだけど。絵コンテ切りながらバカやりたいなって感じになったりして…」
【写真を見る】戦火を駆けるスコープドッグ!ファンが不安するのは「キリコが立食い蕎麦に行く」こと?
【写真を見る】戦火を駆けるスコープドッグ!ファンが不安するのは「キリコが立食い蕎麦に行く」こと? / [c]SUNRISE


――絶対にダメです!そのまま真面目な方向でお願いします!

「いやあ、そうだよね。『イノセンス』(04)とか『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(08)の時も揺れていたんですよ、踏ん張ったけど。最近の私、バカをやりたい欲求と、エロいことをやりたい欲求があるんだよね」

――押井さん、もう晩年なのに……。

「いや、晩年だからこそなの。私は(デビッド・)リーンのように、若いころにエロいことをできなかったからだよ」

――まさか『殺しのドレス』(80)のように、おばさんのシャワーシーンを入れたとか?やめてくださいよ。

「いやいやそういうんじゃなく、背徳的なこと、エロチシズムをやりたいってことです。さまにならないことはやりませんから、みなさん一応、安心してください(笑)。『ボトムズ』もちゃんと真面目にやってますから!」

■「色々な映画の愉しみ方を手に入れることで、人生が有意義になるかもしれない」

――押井さん、この連載も今回で終わりです。いかがでしたか?

「“映画に裏切られる”ということを前向きに考えたかったので、この連載を始めたんだよね。『裏切られた』と思った時、怒るだけじゃ元も子もない。映画の観方、楽しみ方はいくつあってもいいんです。多数派と同じ観方をしたい。あるいは、世間が叩くんなら自分も叩く。世間が褒めれば、きっといい映画なんだろうと思う…そういう観方をしていると損をする。映画を観ることを通して、自分の映画の観方を養って行かなきゃいけないの。そうすることで、自分なりの価値観を手に入れられるからですよ。裏切られたから“怒る”んじゃなく“考える”ことが必要なんです。
そうやって培った独自の価値観というのは、すべてにおいて最も重要になる。なぜなら、自分の価値観を持つ以外、自分を守る方法はないから。気が付くと世間に流されていた。いつの間にか“ワン・オブ・ゼム”になっていた。それはエンタテインメントの楽しみ方だけじゃなく、仕事も政治も、すべてに言えること。自分の価値観がなければ流されるだけ。それを怠ると、“ワン・オブ・ゼム”になるどころか、ある意味で被害者にもなってしまう。生きるうえでの被害者、世間や他人にいいようにされちゃうだけになるんだから!」
連載のテーマを決めた理由を振り返る押井監督
連載のテーマを決めた理由を振り返る押井監督


――わかるような気がします…。

「不思議なんだけど、なぜかエンタメになると、たとえ自分の価値観をもっている人であってもイデオロギッシュになる場合が多いんだよね。こうあるべきだという観方を呑み込んでしまう。無料のネットであろうが、入場料を払う映画であろうが『この作品はかくあるべきだ』『こうやって観るべきだ』という意見になる。普段はいい加減なくせにエンタメになった途端、不寛容になるんです。お金払って美術館とか展覧会に行って、文句言う人はあまりいないでしょ?その理由は世間の評価が決まっている作品が並んでいるからだよ。でも、これから観る映画に関してはそうじゃない。その映画をチョイスするとき、あらゆる前情報を集めて『おもしろい』と決めつけて行ったのに、そうじゃなかったからといって怒る。そういう人は映画も絵画のように評価済みの世界にしたいんです」

――ネタバレは怒るのに、情報はかき集めるという人が多いと聞いたことがあります。

「そうやって映画館に行ったのにハズレだった。『裏切られた、金返せ』になる。いつも疑問なのは、なぜ『金返せ』になるのか。だって自分で選んだんだからいいじゃないの。自分で痛い目に遭ったと感じているのなら、そこからなにかを学べばいいだけだよ。
私はそういう目に何度も遭って来たし、映画を生業にしているから、ツクリモノ、エンタメの世界はよりシビアに考えている。そういう私に言わせれば、逆に“裏切られた”という感情をおもしろがるのが理想的だと思っている。映画の醍醐味には“観る”だけじゃなく“喋る”や“語る”という愉しみ方もあるわけだから、そういう過程で新しい価値観を見つけることができるかもしれないじゃないの。ある駄作と言われている映画を観たら、自分はおもしろかった。その時、ちゃんと考えて、もしかしたら駄作の烙印を捺した世間のほうが間違っていたのかもしれないと思うようになる――それが重要なんです。多様性を叫んでいるわりには頑ななんだよね、エンタメに関しては。いまだにホント、イデオロギッシュなんだから」
押井監督による新連載も現在準備中。乞うご期待!
押井監督による新連載も現在準備中。乞うご期待!


――そういう世間の風潮にこの連載で、ちょっとだけ自説を垂れてみたわけですね。

「そうです。本当にちょっとだけだけどね。世間の評判を信じて観た私がバカだったという結論だけじゃもったいから。もう一つは、言っておきたいのは、映画を楽しむためには経験と教養と蓄積、そして訓練が必要なんです。その点は美術館で絵画を楽しむのと同じですよ。にもかかわらず、映画に関してはお金を払っているんだから、誰にでもわからないとおかしいと思っている人が多い。

つまり、おかげでお金も時間も損をしたというような考え方だと、自分の人生、損することになりますよ。最終的にはそういうことを言いたいんです。色々な映画の愉しみ方を手に入れることで人生が有意義になるかもしれない――その人生のほとんどを映画と共に生きて来た人間の経験談だよ。いっぱい観ただけじゃなく、いっぱい考えたんだから!

なので、次の連載でも新しい映画の観方を紹介したいと思ってます」

――はい!押井さん、長い間、ありがとうございました。そして、次もよろしくお願いします!

取材・文/渡辺麻紀

配信元: MOVIE WALKER PRESS

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