内緒で店に通っていた理由
学生時代からの友人が、念願だった自分の店をオープンさせました。人手が足りないと聞いて、僕は仕事のあとに手伝いに行くようになったのです。開店をもり上げようと、友人や仲間うちで「しばらく表示名を店名にして宣伝しよう」という話になり、僕もそれに乗りました。
彼女には、店が軌道に乗ったころに連れてきて驚かせるつもりでいました。だから、それまでは黙っていようと決めていたのです。今思えば、その思いつきが、彼女を不安にさせる入り口になっていました。
言えなかった一言
あるとき、彼女から一通のメッセージが届きました。
「この『ボヌール』って、何?」
画面に並んだその質問を、僕はしばらく見つめていました。きちんと説明すればいいだけのことだったはずです。けれど、せっかくのサプライズを台なしにしたくないという気持ちと、自分の思いをうまく言葉にできない性分とで、打っては消してをくり返した末に、つい「今は言えないんだ」とだけ送ってしまったのです。
送信したあと、画面の向こうで彼女がどんな顔をしているのか、想像はついていました。それでも、ちゃんと向き合うことから逃げてしまった自分がいたのです。やり取りのたびに当たり障りのない返事を重ね、彼女に隠しごとを積み上げている後ろめたさだけが、少しずつたまっていきました。
