北中米W杯を戦うサッカー日本代表。遠藤航の負傷離脱という緊急事態に、新キャプテンの板倉滉がまず相談した相手は日本代表の10番を背負う堂安律だった。オランダ戦でキャプテンマークをつけ相手のエースを抑え込んだ堂安だが、ピッチ外でもキャプテンシーを発揮しており、その振る舞いは2011年女子W杯を制したなでしこジャパンを彷彿とさせるという。
オランダ戦前の秘話、試合中の青空ミーティング、そして気になるチュニジア戦を控えた今のチーム事情まで、現地で取材を続けるサッカーライターのミムラユウスケ氏がレポートする。
堂安がW杯で初めてキャプテンマークを巻く
堂安律を見ていると、なでしこジャパンの愛称で知られるサッカー女子日本代表の2011年W杯優勝を思い出す。
頂点に立った彼女たちは、優れたチームの条件を満たす集団だった。今の堂安の振る舞いは、まさにその世界一の集団を想起させる。
「キャプテンになったからリーダーになれるのではない。実際には見えないところにも、優れたリーダーはたくさんいる」
これは、かの名将ジョゼ・モウリーニョの言葉である。
今大会直前、キャプテンの遠藤航が負傷離脱し、板倉滉が新キャプテンに就任した。板倉が、遠藤がメンバーから外れるという話を監督から聞いたのは、練習場へと向かうバスの出発までわずか10分程度しか残されていなかったタイミングだった。
その短い時間に板倉は慌てて遠藤へ会いに行った。そして、練習場に着いてから行なわれるチームの全体ミーティングの前に、いち早く相談を持ちかけた相手が堂安だった。
遠藤離脱という混乱の中、板倉にとって頼りになる存在が堂安だった。その理由は後ほど触れる。
日本のW杯初戦となったオランダ戦。板倉がベンチで90分を過ごしたため、ゲームキャプテンを務めたのは堂安だった。やはり“持っている”男なのかもしれない。
W杯で初めてキャプテンマークを巻くと、試合前のコイントスにも勝ち、先にキックオフを行なう権利ではなく、自分たちがどちらの「陣地」からスタートするかを決める権利をとることにした。後半に日本サポーターが詰めかけるゴール裏方向へ攻められるように、という計算からだという。
サッカーの世界では、自チームのサポーターが集まるサイドのゴールへ攻める方がチャンスを生みやすいとされる。相手は後ろからサポーターの圧力、正面から敵の圧力を同時に受けることになるからだ。
実際、日本の2得点はいずれもサポーターが詰めかけた方向へ攻めていた後半に生まれた。
とはいえ、このオランダ戦は苦しい展開が続いた。相手にボールを持たれ、守備時間が長くなることは想定内だったが、2度もリードを許したという事実は重かった。それでも日本代表は動揺しなかった。
失点のたびに堂安はピッチ上で選手たちを集め、青空ミーティングを開いた。先制点を許した直後には、こんなやり取りがあった。
「とにかく、この後に2点差はダメだぞ!」
堂安はそう呼びかけ、さらに問いかけた。
「同点ゴールを狙うために、リスクを負って守備のやり方を変えることも考えられるけど、どう?」
多くの選手からは、こんな答えが返ってきた。
「いや、まだ無理をする時間ではないよ」
その理由について、試合後の堂安はこう説明している
「2失点目を喫しなければ、絶対に追いつけるというみんなの感覚があったので」
果たして、試合はその通りの展開になった。
オランダはW杯に12回出場し、決勝進出3回、準決勝進出5回を誇る超強豪だ。大会データによれば今回の試合は、オランダにとってW杯本大会で2度リードしながら勝てなかった初めての試合となった。
日本はこれまでオランダに何度も涙を呑まされてきたが、今回は違った。
2011年女子W杯での宮間あやの振る舞い
実は試合前から実施することを決めていたこの「青空ミーティング」は、女子サッカーではよく見る光景でもある。
2011年女子W杯でも、なでしこジャパンはアメリカ相手に2度もリードを許しながら、失点後に青空ミーティングを開き、不屈の精神で追いついた。そして最後はPK戦で世界一になった。
当時のチームのキャプテンは澤穂希だった。日本人として初めてバロンドール(世界最優秀選手)を受賞した偉大な選手だけに、優勝を振り返るときはどうしても澤の存在がフィーチャーされがちだ。
しかし、日本サッカー史上唯一の「世界一」の称号を手にしたあのチームは、キャプテン1人に頼る集団ではなかった。各ポジションにリーダーシップを発揮できる選手がいた。
ゴールキーパーの選手たちを束ねたのは、山郷のぞみだった。あの大会で山郷は出場機会こそ得られなかったが、それは彼女がリーダーシップを発揮するうえでの障害にはならなかった。
ディフェンダーの選手たちをまとめたのは、岩清水梓だった。
フォワードには永里優季、丸山桂里奈、川澄奈穂美という個性豊かな選手たちがそろっていたが、まばゆい太陽の横にいるときにはいつでも月になれるような存在の安藤梢が彼女たちを上手にコントロールした。
そして、ミッドフィルダーとしても、チームの副キャプテンとしても、リーダーシップを発揮していたのが宮間あやだった。
宮間は時にメディアに対して攻撃的な姿勢を見せたが、それはチームを守るための決意の表れでもあった。決勝戦で最初の同点ゴールを決めたのも彼女だ。
そんな絶対的レギュラーだった宮間には、試合翌日に欠かさないルーティンがあった。
試合翌日のリカバリーメニューをこなした後、試合に出なかった選手中心の練習を最後まで見届け、時に盛り上げる役割を果たしていた。まるで監督のように。
それは彼女のためのものではない。チームメイトのためを思ってのものだった。
北中米W杯を戦う男子日本代表はどうか。
オランダ戦翌日の夕方、サブ組の選手たちはトレーニングパートナーのU-19日本代表との紅白戦に臨んだ。一方、45分以上出場した選手たちはリカバリー後、各自の判断に任された。ホテルで休養する者もいれば、練習場に来て気分転換を図る者もいた。
そんな中、サブ組のウォーミングアップを見るためにクラブハウスから出てきた選手がいた。堂安だった。
仲間たちが試合に向けて心拍数を上げている様子を眺めながら、森保一監督と話しながら、しっかりと見守るその姿は、2011年の宮間あやを彷彿とさせた。リーダーとしての振る舞いは、目立つところだけでなく、こうした細部にも表れている。

