
主人公の佳奈を演じるのは山下リオ。慈愛に満ちた介護のはずが、徐々に不穏さと違和感が混在したような、ただならぬ恐怖に飲み込まれていく。佳奈と母は、呪われているのか?母は母ではない“ナニカ”になってしまったのか?介護を通じ、パラノイア的な恐怖に苛まれていく佳奈を、文字通り“憑依”されたかのような狂演で体現している。観終わって、なんとも言えない恐ろしさが残る本作は、どういうかたちで制作されたのか?その裏側や映画の細部に込められた意図について、酒井監督と大森プロデューサーに話を訊いた。
■「僕らとしては新しい挑戦であり、イレギュラーな作り方でした」(酒井)

——企画の出発点から伺います。プロデューサーの大森さんからはどのようなオーダーがあったのでしょうか。
大森時生プロデューサー(以下、大森)「いつも酒井さんと企画する時は、ブレストという感じで、『こういうテーマが気になるよね』と話しながら最初にテーマ案を出し合います。その流れで僕のなかで気になるテーマとして“親子愛”があって。なぜかというとその直前にたまたま教育虐待を受けていた娘が母親を殺してしまった、というノンフィクションのルポのようなものを読んでいて、親子愛にはそういう側面もあるよなと考えていました。こういう風に育ってほしい、すくすくといい子に育ってほしいという愛がねじれた結果、虐待という形になることもあれば、逆にそのルポのように最終的には子が母親を殺すという悲劇で終わってしまうこともある。もちろん極端な例ですが、親子のなかにある愛の歪さは、自分に置き換えてもなにかしらの形で抱えているよね、といった雑談をしていた時に、酒井さんが、被害を受ける恐怖よりも加害をしてしまうことに身につまされるという話をしていて。その2つのワードがいいトピックかも!という話になって、映画の材料のようなものになり、酒井さんが組み立てて、いまのストーリーが出来上がりました」
——そこに「介護」というキーワードも絡んでくるわけですが、物語はどのように出来上がっていったのでしょうか。

酒井善三監督(以下、酒井)「いまの大森さんのお話にもあったように、その2つのテーマを入れてなにか作ろうと思った時に、『呪ってしまった』とか、『呪ってしまったと思い込んでいる』人を主人公にしたらおもしろいと感じて。善意でなにかをしたら、それがどうも呪いだったのではないかと思い始めるとか、善意の共犯関係があるといいなと考えました。共犯のもう1人が、どういう人ならいいだろうと考えた時に、大森さんから出た“親子愛”を結びつけて、自分を喪失しているかのような症状にある人をケアする過程で、そういった感情を抱いてしまう。それは加害者側のサスペンス要素になると考えて、このシナリオに行きつきました」
——これまでのトークイベントなどで、雑談からアイデアが生まれるというお話をされていましたが、今回もその形でこの物語が誕生したのですね。
大森「今回は、酒井さんが最初に結構しっかりしたプロットを持ってきてくれて。2か月くらいは一切連絡を取らなかったのですが、次に話した時にはものすごく長いロングプロットが出来上がっていました(笑)」
酒井「急かさないでくださったので、じっくり取り組むことができました。アイデア出しから2か月後の最初のプロットには、大森さんのアイデアもしっかりと入れ込んだつもりだったので、提出した際には『これでいけますかね?』『もうこれでいけそうですね』という合意が2人のなかにありました」
——そのロングプロットがそのまま脚本になったという流れでしょうか。

大森「わりとそんな感じでした」
酒井監督「脚本の宮崎圭祐くんのアイデアやロケ地なども、決まってきたものから盛り込み、ブラッシュアップしていきました。流れ自体は、まんまプロットです。これまで脚本は9割9分自分で書いて、困った時は大森さんや宮崎くんにアイデアをもらうといったことをやっていましたが、今回は僕と宮崎くんのステップアップということで、互いに新しい経験をしなければいけないという気持ちもあったので、僕のロングプロットをもとに初稿は宮崎くん一人に書いてもらいました。しかしこれは僕自身の力不足が原因なのですが、自分以外の脚本では撮れない、一度自分の癖みたいなものに戻さないと…というところがあり、改稿からは僕の方でやらせてもらいました。宮崎君の初稿ではいいセリフもいっぱい書いてもらいましたし、最後までそのいくつかは使わせてもらいました。僕らとしては新しい挑戦であり、イレギュラーな作り方でした」
■「狭い空間で息詰まる感じを映像として空気感に持ち出すことが、抜群にうまい」(大森)

——映画が完成し、新しい挑戦を改めて振り返った感想をお聞かせください。
酒井「楽しかったです。楽しかったですけれど、きっと宮崎くんにはシナリオライターとしてのフラストレーションはあっただろうなと思うところも、正直あります」
大森「酒井さんから『新しいステップとしてやってみたい』という提案だったので、僕としては、今回はそのやり方がいいと思うならそれがいいのかもしれないということで、おまかせする形でした」
——なるほどです。主人公の山下リオさんのお芝居もとても印象的でした。

酒井監督「山下さんでなければ成立しなかったと思っています。本当にすばらしいお芝居をしていただきました。感情的なものになることは想像していませんでした。僕は、脚本に感情を書くことがあまりなくて。たとえば、写真の裏のメッセージを見て泣き崩れる、とは書きましたが、それ以外は一切、ここで泣くと書いていません。でも、姉妹2人の会話はすごく感情的なシーンになっています。妹の杏里はとても難しい役どころです。というのは杏里については過去のことが一切(脚本に)書いていないからです。小川(あん)さんには一応、杏里の過去、心の内についてのメモをA4数枚にまとめて渡しました。ただ、これが映る必要はないというお話をした上で、渡しています。いざ2人のシーンが始まったら小川さんの感情がまず立ち上がり、山下さんはそこに呼応して。見ていて本当にすばらしいと思いました。面会室でのシーンもまったく同じ。なんの指示もしていないのに、2人とも感情をリアルに持ってくださった。2人にしかできなかったシーンです」
——現場取材でフライパンの撮影シーンを拝見しました。光の入り方など、すごくこだわって準備されていたのが印象的でした。

酒井監督「あのシーンはすごくイレギュラーだと思います。特に母親役の藤井(京子)さんに関しては“なにもしない”シーンで。やったのは“ただ見る”ということ。僕が手を挙げたタイミングでどの方向を向くのかをお願いしました。なにもしないことが恐ろしく感じるようにしたかったシーンなのですが、藤井さんでなければ出なかったなんともいえない恐ろしさが生まれました。光については、照明の西山さんが自然光を交えながらどうやって光を切っていくかを苦労したシーンです。僕は直前までカット割りを決めません。そんななか、どのように光を作るのかというと、どこから撮ってもいいように作ってくれるんです。僕は一般的な商業映画の作り方はあまり知りませんが、今回は特に照明、撮影、装飾、メイクや衣装。みんながコミュニケーションとバランスをとりながら、時間がないなかで、すばらしいチームワークで挑んでくれたシーンだと感謝しています」
——とても広いお家でのロケでしたが、あのシーンはとても狭い場所でしたね。
大森「あのシーンは特に狭い場所でしたね。酒井さんは映画『カウンセラー』でもそうですが、狭い空間で息詰まる感じを映像として空気感に持ち出すことが、抜群にうまい。酒井さんのチームはそういうことをやってくれます。現場で遠巻きに撮影を見ていたシーンでしたが、映画のなかで1個のピークとなるような、空気感の狭さや微妙な照明による閉塞感が映像にも滲み出た気がします」
——あの狭い空間の撮影で、とにかくいろいろなことをやっている印象を受けました。
酒井監督「貧乏性というか(笑)。間が怖くて、なにかやっていないとあっという間に飽きられちゃうぞ!という恐怖感があって」
——いろいろなことをやっていても、サラッとシンプルに映していましたね。労力に対して映るシーンがシンプルなものも多いような気もしますが、酒井監督のなかでの線引きのようなものはあるのでしょうか。

酒井監督「狙ったものって意外とうまくいかないので、なるべく狙わないようにしています。脚本にするときは貧乏性であれこれ詰め込むのですが、映像化する時には狙いすぎないようにしています。だから現場でカットを割っているということもあります」
大森「酒井さんの作品の一番の良さは、不安や不気味さのようなものがすごいところ。そこの緊張感が独特なのは、ストーリーテリングにおいては、論理的にどうしたら嫌な気持ちになるとか、どうして人がそういう風に追い込まれるかっていうところを結構緻密に設計されているからです。『遺愛』にある呪いのルールとかも、結果、あまり関係なかったみたいな話にはなっていますが、そこのルール設計もかなり緻密。だからそれが外される時に絶望感を得られる。観客からすると、論理と直感のバランス、リズムがちょっと崩される瞬間みたいな、なんでもないシーンこそ怖いって感覚に繋がっているのかなと思っています。だから誰かが死ぬシーンよりも、お母さんにご飯をあげているシーンのほうが不気味みたいな、ねじれた瞬間が起きる作品だと感じています」
■「あまりつまらないシーンはない気がします(笑)」(酒井)
——これも以前イベントで酒井監督がお話されていたことですが、自分が一生懸命作ったところがパッと見逃されてしまい、話題になるところは自分としては思い入れがそこまでではなかったりすると。

酒井監督「愚痴ってましたか(笑)」
大森「アハハハ」
——軽くです(笑)。今回の作品も何回も観て、いろいろ気づく楽しさがあると思うのですが、ここに注目しておくと後で効いてきます!といったポイントを教えてください。
酒井「まあ、基本、何回か観てほしいです。正直、見逃してもどうにでもなる感じもあるので難しいところですが(笑)。多分、1回目では気づかないと思うのですが、結構悪ノリをしているところもあって。なかばギャグといいますか」
――このテーマで!?

酒井「結構、現場ではギャグだと思ってやっているところは多いです。1回目はざっくりと物語を追ってもらって、2回目以降にいろいろと細かい仕掛けを楽しんでほしいです」
大森「このテーマなのに、変な話、話のテンポも結構よくて。呪いのルールとかもよくわからないまま観ることになると思います。僕自身、あまりそういった細かいルールに興味なく観がちだし、バイブス的なものを映画から受け取ることが多いので。今回はルール設計とルール破綻みたいな瞬間が割と緻密でおもしろい。そういう意味で、映像的なところ以外でも、楽しめると思っています」
酒井「いろいろ詰め込んではいますが、あまりつまらないシーンはない気がします(笑)。最初はざっくりとしたストーリーとか余韻が頭に浮かぶと思うのですが、それだけじゃないおもしろみを見つけて楽しんでいただけたらうれしいです」
——「窓の外に忍者」のエピソードが出てきますが、このあたりも酒井監督のこだわりなのでしょうか。車で移動する際にそれを意識させるようなカットもありましたが…。

酒井「そういうところにはめちゃくちゃこだわっています(笑)。なにもない移動のシーンでモノローグを入れたら単なる説明になる。でも、そうではなくて、窓の外のなにかを追っているんだと連携させたら、パズルゲームみたいじゃないですか。ここにこれを出したら、こっちにこれも出そうみたいになっていく。『カレーにカリフラワー』もそのひとつ。『カウンセラー』のイベントで、脚本家の保坂大輔さんが『モチーフは3回擦れ、2回じゃダメ』と、瀬々敬久監督から教えてもらったと聞いて。それ以来、僕も複数回擦ることを考えるようになりました。2回までになっちゃっているのもありますが」
——最後にラフな質問になりますが…。「カレーにカリフラワー」というフレーズにお2人が抱いた感想も伺いたいです!

大森「入れる方はいるのかもしれませんが、個人的には絶妙に入れてほしくない食材ですね」
酒井「カリフラワーって白いことに意味があるはずなのに、カレーに入れるんかい!という驚きはありました。カレーに入っているのがこんにゃくとかでも嫌だな、とか考えたりもしたけれど」
大森「カリフラワーのほうが嫌かも」
酒井「カリフラワーをなめているのかもしれないけれど、僕的には、カレーという楽しいものに、結構嫌なものが入ってくる状況」
大森「やっぱり絶妙に嫌ですね(笑)」
取材・文/タナカシノブ
※宮崎圭祐の「崎」は「たつさき」が正式表記。
