
鈴木は「今もありますよね、県民会館。そこで宮城フィルハーモニーの演奏会の休憩時間に、飲み物を買いに行ってるとき、声をかけられたんです」とスカウトされた状況を明かし、「けれど、怪しいと思うじゃないですか。しかも当時は情報もあまりないですし、調べようもないから。宮城にモデル事務所があるっていうことも知りませんでしたし、半年ぐらい、ちょっと悩んで。半年後に、やっぱり興味があったんですよね。あるきっかけで『名刺をもらった何々と申します』っていう感じで、(事務所を)たずねたんですよ」と語る。
そのきっかけについて、鈴木は「高校は美術部だったんです。(中学で県大会に出るほど)足は速かったんですけど、絵も好きだったんですよね」「美術部の先輩がとっても絵の上手い先輩がいたんですけれど、でも、その先輩ですら東京の美大落ちちゃったんですよね。それでその先輩が1年間浪人をする美術学校に通って、美大を目指すということがあって。そのとき美術部のみんなで新幹線のホームに見送りに行ったんですね。先輩が乗った新幹線を見送ってたら、私も何か『自分のやりたいことをやらなきゃ』っていう気持ちになって。それで仙台駅のホームを降りて、駅からそのモデル事務所まで、そのまま直接向かったんです。その足で」と、モデル活動・芸能活動を始めた経緯を語った。
