非行から立ち直って更生施設「みらいの里」を運営する西健吾を演じ、映画初主演を務めた一ノ瀬ワタルが、正解のない問いへの真っ直ぐな思いを語った。
■「演じるうえでは孤独が大事だと思ったので、撮影中はできるだけ誰とも触れ合わないようにしていました」

――吉田恵輔監督の実体験から得た要素も含むオリジナル脚本をどのように読みましたか?
「脚本を読む前に、“体罰”をテーマにした映画を作りたいということはうかがっていて、すごく興味深いなと思いました。自分の中で体罰が是か非かというのはずっとよくわからなかったんです。子どものころに少年柔道教室に通っていたんですけど、先生たちはみんな厳しくて、体罰ではなくてもやっぱり投げられると痛いんです。その後キックボクシングを習っていた時も、やんちゃな生徒たちが稽古を通して更生していくのを見ていて。そこで礼儀を知ったのか痛みを知ったのかわからないですけど、なにが彼らを変えたのか、という疑問が自分の中にはありました」
――演じた西健吾は、元半グレで自身も犯罪に手を染めた過去を持ちながら、同じような境遇の子どもたちを救おうとします。この役を引き受けるにあたっては、どのようなアプローチを試みましたか?
「『ザ・ノンフィクション』というドキュメンタリー番組で、家に居場所のない子どもたちを預かるお寺の熱血和尚を取り上げた回があって、最初はその人みたいな感じかなと思いました。吉田監督が思い描いていたのは同じ番組のまた別の男性で、その回も見たんですけど、いいこともしていた人なのに全然そうは見えなかったんです。さらっと怖いことを言ったりして。そういう人をモデルにしてもらうといいかもしれません、みたいなことは言われました」

――かつてワルだった以外に、意外とミーハーだったり見栄っ張りだったりする一面も出てきますね。
「一番大事にしていたのは、みらいの里にいる子どもたちだったんです。まずそこを最初に考えて役作りをしました。ミーハーな部分に関しては、過去にしてきた悪いことを武勇伝のように語って、それがニュースにもなって、つい調子に乗ってしまうような、そういうところも見せたいかなと思った気がします」
――ということは、海斗役の上阪隼人さんや詩役の山崎七海さんなど、施設に入所する子どもたちを演じた役者さんたちとの触れ合いを大事にされていたのでしょうか。
「それが、西を演じるうえでは、孤独というのも大事だと思ったんです。だからむしろ触れ合わないようにしていました。ずっと愛知県の蒲郡に滞在して撮影していたんですけど、その間は誰とも食事に行かなかったですね。プライベートのごはんはコンビニだけ。現場でもちょっと楽しそうな雰囲気になっていたら、自分からその場を離れて、あまり近づかないようにしていました。喋る時は喋りますけど、逃げる時はこそっと。気を遣わせたくないので」

――「サンクチュアリ」の撮影でも敢えて孤独になって集中したお話をされていましたが、今回の西はなぜ孤独だと思ったのですか?
「この映画の中で、西にはみらいの里しかないように思いました。それが生きる糧というか。みらいの里で子どもたちを救っているつもりだけど、西もみらいの里に支えられている。そういった意味ではみらいの里がある撮影現場でだけ喋りたい思いがあって、そのための助走を作りたかったという感じですかね。大人のキャストの皆さんとも、基本は喋らないようにしていました」
■「西には、絶対に自分が子どもたちを変えてやる、という自信はあったと思います」

――吉田監督の映画には初出演となりましたが、撮影現場はいかがでしたか?
「監督とのコミュニケーションも必要最低限に近かったと思います。こうして取材の場で再会した時、監督から『一ノ瀬さんてこんなに声が大きかったんですね!』と言われたんですけど、監督も撮影中はそれさえ知らなかったぐらいだったんだなと。ただ、わからないことはちゃんと聞いていました。監督は受けとめてくれますから。例えば海斗をはじめ劇中には問題を抱えた子どもたちがたくさん出てきますけど、もしこれが西の10年前を描いた作品だったら、西は多分海斗の何千倍も悪いことをしていたと思うんですよ。だから海斗がどれだけ悪いことをしても西にとっては、俺が子どもだった時はこれぐらいの奴は大勢いたよ、みたいな感じで全然全然動じないというか。監督にはそんなことを言われた記憶があります」
――海斗の母親でさえ「どれだけ頑張っても、あの子と通じ合うのは無理なんじゃないか」と途方に暮れるぐらいでしたが。
「西としては自信がありましたね、子どもたちを変えられるって。絶対に自分が変えてやるという自信はあったと思います」

――西は暴力的な一面を持つと同時に、子どものような笑顔をよく見せていますね。
「それについては監督とも話したんです。監督が言うには、この映画は暗くしようと思えばどこまでも暗くできるけど、それはしたくなかったって。自分としては意図的に笑おうとするつもりはなかったんですけど、西が子どもたちを愛することで、普通に可愛く見える時があったり、ありがとうという言葉も自然と出てきたりしました」
――実は海斗も笑う瞬間は意外と多い気がします。西が海斗を見る目は、かつての自分に向けるそれのようでもあり、「あいつ成長できると思うんだよ、いま見捨てたら大変なことになっちゃうんだって」という言葉は自身に言い聞かせているみたいにも聞こえました。海斗のことは理解できている自信があった一方、海斗と対立する入所者の詩からは「(自分には)寄り添ってくれない」と言われてしまいます。あの言葉は、西にはどう聞こえていたのでしょうか。
「そのことも監督と話し合いました。たしかにあれは辛いセリフだけど、西は案外その言葉を理解していないんじゃないかと。なにを言ってるんだい?ぐらいに受けとめていたと思います」
――まさか「寄り添っていない」と言われるなんて心外だった?
「そうですね。西としては、十分寄り添ってるよ、みたいな気持ちだったと思います」

――それも含めて、自分と子どもたちを信じる力がとても強くて、そのことに西自身も支えられているのかもしれません。だとすると、自分が暴力を振るう人間であることについても、そこまで深くは考えていないのでしょうか。
「愛がある暴力ですから、悪いことをしている自覚はないと思うんです。空手道場の指導じゃないですけど、よくも悪くも、子どもたちを変えるために必要な痛みを教えるつもりだったのかなと」
■「人の意見を聞くことはすごく大事にしているんです」

――一ノ瀬さんは恵まれた体格や格闘技の経験があり、過去にも暴力的な特性を持つ役を多く演じる機会があったと思いますが、それを自身の肉体で引き受けることはやはり痛みを伴うものでしょうか。
「痛みはあります。そもそも自分自身がいっぱい殴られてもきたし、いっぱい怒られてきた過去がある。あの時のあの人の顔はめちゃくちゃ怖かったな、みたいな思い出が頭によぎったりすることもあります。本当に怖い芝居をする時はその恐怖を再現したいというか、なにが怖いかを肌で知っている、という自負がもしかしたらあるかもしれないです」

――海斗にはその恐怖がないのかもしれないですね。いかなる暴力も許されないことは大前提として、この映画を観ていると、力をもってしか解決できない現実があることを思い知らされる局面にたびたび出くわします。
「令和のいまに必要悪ではないですけど、西のような立ち位置の人間が必要な場合もある気はするんです。彼も頑張っているけれども、そういう人をどこまで、どういう形で許容するか。そこを観る人に委ねる映画ですよね。ダメな人はダメでしょうし、彼が大勢の人を傷つけてきた過去があるのは事実ですから、それこそ被害者は一生許せないかもしれないですし」

――西にとって自分の過去と向き合うことは試練でもありますが、ご自身の俳優人生を振り返って、いまでも折り合いをつけられていないことはありますか?
「プロの選手として活動していたキックボクシングを辞めて、俳優に転身する時は、すごい勇気が要りました。ただ、結果的によかったとは思っていて、納得もしているんですけど。キックボクシングを続けることに疑問を持っていた時期ではありましたし、役者でやっていこうと決めたのも自分ですし。そういう意味では折り合いをつけられていないことはないかもしれません」
――その答えが一ノ瀬さんの生き方を象徴しているようですね。
「自分で自分を許せないことがあったとしても、自分を言いくるめているような気がします。案外プラスだったなって」

――「人は変われるのか?」ということが本作のテーマにもなっていますが、ご自身だったらどのような答えを返しますか?
「人は変われると思っています。自分次第というか。周りの人の力もありますけど、人は必ず変われる、少しずつだとしても。そういうことを実感した体験もいっぱいしてきました。ダーウィンの名言に『最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き残るのでもなく、唯一、生き残る者は変化できる者である』という言葉があって、この言葉が好きで、座右の銘にもしています。自分でも変わりたい、変わっていこうという気持ちは常に持っていて、人の意見を聞くことはすごく大事にしているんです。そのためにも頑固になることだけはやめようと思っています。それがもう頑固なのかもしれないですけど(笑)」
取材・文/奈々村久生
※吉田恵輔の「吉」の字は「つちよし」が正式表記
※山崎七海の「崎」の字は「たつさき」が正式表記
