10日間ほど、豪州に出張してきた。笹川平和財団とシドニー大学米国研究センターによる、日米豪三カ国有識者の有事事態シミュレーションに参加するとともに、日本のトップ法律事務所であるTMI総合法律事務所と豪州の名門ローファームJWSとの提携祝賀夕食会に出席してきた。
ほぼ1年ぶりの出張の機会を利用し、シドニーだけでなく首都キャンベラにも足を伸ばし、トニー・アボット元首相はじめ、豪州政府内外の旧知のオピニオン・リーダーと幅広く、かつ深く意見交換を重ねてきた。そして東京にいたままでは分からない姿を、明確に捉えることができた。
第一に、残念ながらアルバニージー豪州首相がトランプ米国大統領と個人的信頼関係を構築できていないことだ。
従妹のように緊密と称されてきた米豪関係。従来のケースでは、アメリカ大統領が代わるとほぼ平均80日前後で、最初の米豪首脳会談がセットされてきたという。だが今回は、先般のカナダでのG7サミットの際も、9月末の国連総会の際も調整がうまくいかず、トランプ第二期政権が発足して初めての米豪首脳会談がようやく10月20日に、ホワイトハウスで開かれることとなった。
米国の識者に言わせれば、オーストラリアは本来、「米国の最も親密な同盟国」。なのに何故、ここまで冷遇されるのか。
ひとつには、アルバニージー首相の政治的立ち位置がある。労働党の中でも左。史上最も左翼的な豪州首相と評される政治家が、トランプと馬が合うわけはない。加えて、米国の反対を押し切って、英仏カナダなどと一緒にパレスチナ国家承認に走った豪州が、トランプ・ホワイトハウスの不興を買ったのは間違いない。
今年2月、イスラエルに次いで二番目にホワイトハウスで首脳会談を実現し、国連総会でのパレスチナ国家承認を踏みとどまった石破政権。日米の方が足並みの乱れは顕著でないが、個人的信頼関係をトランプ大統領と構築できていない点において、今の日豪首脳には共通点がある。
第二に目を引いたのは、中国との関係では猛烈な威圧に晒されながら屈することなくもちこたえたモリソン前政権の強靭な外交が、全く影を潜めてしまった点だ。アルバニージー首相、中国系のペニー・ウォン外相が口を開けば、出てくるセリフは「(中国との関係の)安定化」。南シナ海などで豪州国防軍の艦船や航空機が中国人民解放軍から危険かつ露骨な挑発を受けても、豪州近海で中国が実弾訓練をしようとも、抗議のレベルとトーンを抑えているのは痛々しいほどだ。
このように見てくると、「中国におもねり、アメリカに物申せない」石破政権の姿とあたかも相似形の姿が、明確に浮かび上がってくる。
加えてアルバニージー政権は、アメリカや日本のような、価値や戦略的利益を共有する同志国との関係に率先して注力するよりも、太平洋島嶼国や東南アジア諸国との関係構築に熱心に取り組んでいることを強調したがる。
しかしながら、かつて豪州が委任・信託統治にあたった、北隣の戦略的に重要なパプアニューギニアとの防衛条約締結は中国の横やりで難航し、ようやく議会で承認されるに至った。バヌアツとの安全保障協定もブロックされている。豪州から目と鼻の先のソロモン諸島には中国の進出が著しい。甚だ心もとないのだ。
アルバニージーはもともと国内問題に関心が強い活動家で、外交に造詣がなく、政府高官の国際情勢ブリーフにも関心が低いと言われてきた。それゆえ、クアッドの重要な柱たる米印関係がここまでギクシャクしても、同人に橋渡しをする意欲も能力も期待できない。
だからこそ、日本の次期首相の出番なのである。
●プロフィール
やまがみ・しんご 前駐オーストラリア特命全権大使。1961年、東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、84年に外務省入省。コロンビア大学大学院留学を経て、ワシントン、香港、ジュネーブで在勤。北米二課長、条約課長の後、2007年に茨城県警本部警務部長を経て、09年に在英国日本国大使館政務担当公使、日本国際問題研究所所長代行、17年に国際情報統括官、経済局長を歴任。20年に駐豪大使に就任し、23年末に退官。同志社大学特別客員教授等を務めつつ、外交評論家として活動中。著書に「中国『戦狼外交』と闘う」「日本外交の劣化:再生への道」(いずれも文藝春秋社)、「国家衰退を招いた日本外交の闇」(徳間書店)、「媚中 その驚愕の『真実』」(ワック)、「官民軍インテリジェンス」(ワニブックス)などがある。

