〈獣〉をマクガフィンにして描きたかった二つの側面
――〈獣〉についてもそうですね。獣という言葉からイメージしていたものが裏切られたり、予想を超えた動きをしたりする。
倉田 あの〈獣〉は、映画監督のアルフレッド・ヒッチコックがいう「マクガフィン」ですね。冒険の物語を転がすため、読者を引っ張るための餌です。当初は、〈獣〉の正体や、どういう動きをするかはまったく考えていなくて、書いていけば思いつくだろうと信じて進めました。思いつけてよかったです。
この作品には、エンターテインメントとしてのアクション、冒険小説の側面と、もう一つ、未来社会の諸相を見せる観光小説という側面がありますが、その両面で〈獣〉を牽引力として使いました。
――観光小説とうかがってなるほどと思いました。谷が育った茨城の〈工場〉、静岡県西部の通称〈人食い山〉、神奈川県の武蔵小杉、不法居住者がひしめく〈港湾〉と、物語の舞台が移り変わっていきます。
倉田 観光小説というのは僕が勝手につけた名前なんですけど、未来世界を描くために、視点人物がさまざまな場所を転々とするというスタイルのSF作品がけっこうあるんですよ。例えばウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』にもそういう側面があります。千葉市(チバ・シティ)から、アメリカ東海岸の《スプロール》、スペースコロニーの自由界(フリーサイド)。未来の風景をどんどんどんどん見せていく。そういう形式が好きなので、やってみました。
――場所が移っていったときに未来の日本の特異な風景が見えてきます。例えば三章では「谷の目の前で、家が家を殴った」という一文から始まって、家同士が殴ったり、罵ったりする(笑)。どうやって思いつかれたんですか。
倉田 「歩く家ってかわいいよね」というところから始まっています。かわいい機械が好きなんです。家ががちゃがちゃ喧嘩しているのはほんとおかしいなと。風が吹きすさぶ砂浜で、貧乏そうな家が喧嘩しているって本当に嫌な、心がすさむ未来像でもあるんですが。
――私もかわいいと思ってしまいました(笑)。かわいい機械といえば小布施のファンキーポニーもかわいいですね。「いやな予感がします」が口癖の四足機械。どこかもの悲しくもありますが、歩く家もそうですが、したたかに生きているという強さもあるのが救いです。
倉田 歩く家のあたりでは、日本社会の猥雑なところを書きたいという気持ちはありました。一つにはそのほうがアクションが映えるからなんですけど、もう一つはベタなディストピアな社会を延々描写しても気が滅入るばかりだから。作中の日本は、実は九割方、暗くて重くて厳しいディストピアで、抑圧的な日本社会の悪いところを煮詰めたみたいな国なんです。
――そういう意味ではアクションシーンが閉塞感を打ち破るものでもありますね。アクション描写についてはどうお考えですか。
倉田 書くのは楽しいですね。最初の『母になる、石の礫で』では、いかにもSF的なアクション描写を書きましたが、今回はそれをもう少し泥くさくかけたかなと思います。
ただ、アクションによって生まれるカタルシスの比重はあまり大きくしたくなかったんです。『タフな狩り』は、全体としてはあまり気持ちよくない小説、爽快じゃない小説でなければいけないという気持ちがありました。厳しい未来社会の中で、追い詰められた主人公が運命を切り開いていくという分かりやすい展開はなるべく避けたい。ある程度はそういう展開になっていると思いますが、主人公の谷ががんばって敵を撃退するみたいな場面はないですし、そういうところでの爽快感は出さないというのは決めていましたね。
――たしかに活躍するのはほかの三人ですね。谷は主人公ですが、ほかの三人に比べて親しみが持ちにくいところもあります。いわゆるエンタメ小説の主人公とは違うタイプです。
倉田 そうなんです。谷は簡単には共感できないようなキャラクターにしています。谷が老人に対して差別意識を持っているのもそれが理由です。差別意識を持つことほど不幸なことはないのでそう設定しました。不幸を抱え込まざるを得なかった気の毒な青年を真ん中に置いて、周りが何だかんだ言いながらも彼を助ける。そういう構図を考えていました。
生成AIブームのその先に来るもの
――読者もプロローグで描かれている谷の苦境を知っているので、谷に共感しづらいけれど、見捨てられない、見守ってあげたいという気持ちも持つと思います。谷はカピバラという、人間ともAIともつかないオンライン・サービスに依存していますよね。カピバラの一言一言に谷が救われて生きている感じがまた切ない。
倉田 そういう気持ちで読んでいただけたら嬉しいです。カピバラの言葉は、谷を救う言葉であり、同時に谷を隷属状態にとどめる言葉でもあるんですよね。それがまた気の毒で。
『タフな狩り』でどういう科学技術を取り上げようかと考えた時に、浮かんだのが、一つは細胞培養の食品、もう一つが自動運転でした。どちらももっと大きなものの一部であるような技術です。培養食品は生き物の生体組織をすべて人工でつくってしまう技術の一部で、自動運転は、自律性のある機械全般の技術の一部です。その二つが重なったところに生まれたのが、谷たち四人が追う〈獣〉であり、カピバラがいるというイメージでした。
自律機械の中には人工知能も含まれてはいるんですけど、ここではフィジカルな存在であるというほうを重視しています。培養肉も自律機械もどちらも物理的に人間に影響を及ぼす存在です。いま話題になっている生成AIも社会を大きく変える技術ですが、人工生体組織と自律性のある機械は、それよりももっと深くより根本的に人間社会を変え得るものなんじゃないかなと思います。その先に、恐らく機械の神のようなものが、本物であれにせものであれ出てくるんじゃないかと。
――『タフな狩り』に登場するAIは、最近話題の生成AIではなく、非生成系AIですね。識別系とも言われるような、分析して整理するAI。生成AIのように新たな文章や画像、動画をつくり出さずに分析だけをする。そちらのAIが近未来で使われているとお考えですか。
倉田 生成AIは今後、下火になっていくのではないかと思っています。僕の印象ではAIの技術進歩の過程では脇道にそれた技術なんです。研究者ではないので、その印象が当たるかは分からないですが、生成AIは今後、おそらく大きな被害を社会に及ぼすだろうと思います。すでにAIと対話していた人が自殺した事件など、いろいろな事件が起きています。作中では同時多発自殺事件があったことにしました。
――倉田さんにとって『タフな狩り』は四冊目の小説になりますが、ハードSFの『母になる、石の礫で』でデビューされ、次がうなぎが絶滅した世界を描く『うなぎばか』と振り幅が大きく、小説以外にもIT系のギャグ漫画『食べ超』を描かれたりと多彩です。ご自身をどんな作家だとお考えですか。
倉田 読者からの感想で「倉田タカシは自分にとってパルプンテ的な作家である」というコメントを読んだことがあります。ドラクエに出てくる、効果が予測できない特殊呪文だそうで、当たり外れが激しいという意味だろうと解釈して、当たりもあるならまあいいか、と勝手に納得しました。その都度やりたいことをやっていて、自分としては違和感がないのですが、次に何が来るか分からない作家だ、みたいなことは言われますし、まあそれもいいかな、と思っています。
「小説すばる」2026年7月号転載

