東京から八丈島に移住し、島で一番大きな島唐辛子農家となったプロ雀士の松岡千晶さん。サッカーコートほどの畑を営む彼女の現在の収入は? そして、私生活では4月27日に離婚を発表。一体何があったのか。本人に話を聞いた。〈前後編の後編〉
移住4年で八丈島で一番大きい唐辛子農家に
――松岡さんは「麻雀プロ八丈島物語」というブログで島での生活ぶりを発信していますが、毎日釣りやバーベキューをやったり、農作業に勤しんでいたりと本当に生活が充実しているように見えます。
松岡千晶(以下、同) そうですか? まぁ毎日「今日はなにやろうかな」とワクワクしていて、朝から機嫌がいいことは間違いありません(笑)
――現在はプロ雀士の活動は休業中。「ヤバイ島唐辛子屋さん」という自家栽培した島唐辛子を製品化しているとか。
はい、島唐辛子を加工した一味や、明日葉や八丈フルーツレモンといった島の特産品を使った七味などを販売しています。
――島唐辛子はどの程度収穫しているんですか?
約2年前に島唐辛子栽培を始めた頃は、苗を500本買ってきて自分の家の隣の土地に植えたのですが、今は計5000本は植えてますね。
――5000本……!? それはもう完全に農家ですね。
知人から使っていない畑をお借りしたりと農地も徐々に広げて畑は3ヶ所ほどになりました。畑面積は全部合わせたらサッカーコートくらいの大きさです。たぶん島で一番大きい島唐辛子農家だと思いますよ。
――ぶっちゃけ収入はどのくらいですか?
東京にいた頃の半分くらいだと思います。でも、島では自分で釣ったお魚でぶつぶつ交換をしているのでほとんどお金を使いません。生活費すべて含めても月に10万円も使ってないので、毎月の貯金額は東京時代と変わらないですね。
――しかし、農家は大変なことも多いでしょうね。
そうですね。去年10月に直撃した台風で、私が育てている島唐辛子の6割がダメになり、働いていた仕事場兼自分の島唐辛子製品の加工場も全壊してしまいました。島全体も大きな被害を受け、家が倒壊して避難生活をすることになったり、事業の復旧が見込めず仕事を失ったりする人がたくさんいました。
島は閉鎖的な立地です。この台風の状況がなかなか外で発信されることがなかったので、私はSNSを通じて台風について発信していました。それを見て義援金を募ってくれた方々にはとても感謝しています。
台風直後から「島のために何かしたいんだけど、どうしたらいい?」と聞かれることが多いのですが、八丈島に遊びに来ていただけるのが復興への力になると思います!
プロ雀士の男性との結婚と離婚
――島への思いが伝わります。そういえば、「ヤバイ島唐辛子屋さん」というネーミングの意味は?
それは元旦那が決めました。ファンキーな名前にしたいと相談したら、そんな屋号になりました(笑)。
――その元旦那さんは2023年2月に結婚した日本プロ麻雀協会所属のプロ雀士・ノリヒトさん。しかし、今年4月に離婚したことを発表していますね。
彼とは15年近く前に雀荘で一緒に働いていた同僚でした。それからずっと会っていなかったんですが、島への引っ越しの手続きを終えて暇だった時にたまたま連絡がきてごはんを食べに行き仲良くなりました。その後、私を追って彼も移住してきて、押し切られる形で同棲することになり(笑)。
移住当初はひとりで島を満喫したい気持ちが強い一方で、結婚したい気持ちもまた強くありました。ある程度、島の生活を楽しんで、良い人がいたら結婚したいなと。
小さい頃から漁師さんと結婚したいと思ってたから、そうなればいいかなとか……(笑)。
――漁師さんですか。
私が釣りをするので、釣りのうまい人に憧れていて。
元旦那は釣りをしませんが、この人と一緒に暮らすのも面白そうと思い、同棲から4ヶ月で私から「明日籍入れよ!」と伝えて結婚することになりました。
――ですが、3年余りの結婚生活でした。
彼は私が好きで移住してきてくれたので、自然が好きだったわけじゃなかった。むしろ虫も、ベトベトする海も嫌いで、東京のほうが合っているシティボーイだったんです。
――自然に対する価値観が合わなかった。
それで彼は八丈島ではあまり外に出なくなり、芸人になりたいという夢もできたみたいで、月の半分を東京で過ごすようになり、行き違いみたいな生活になった感じですね。
――そうだったんですか。
東京に引っ越そうと言われましたが、私は「夫」と「島での生活」のどちらを取るかという選択で、島での生活を取ったということです。
彼も私よりも芸人になる夢を取ったので、お互い相手よりも自分のやりたいことを優先してしまいました。
ただ、離婚届を出したその日のうちに彼は荷物をまとめて離島したので、(離婚調停など)煩わしいことはまったくなかったですよ。

