「なりきること」が「なりたい自分」への近道
このような別人格の力は、単なる芸術家の奇行だけではありません。
心理学の研究でも、人は「何者として行動するか」によって、実際の行動が変わる可能性が示されています。
有名な例が「バットマン効果」です。
ある研究では、4歳と6歳の子どもたちに課題を行わせました。
一方の子どもたちは、普通に自分として課題に取り組みました。
もう一方の子どもたちは、バットマンを含むいくつかのキャラクターになりきって課題に取り組みました。
すると、キャラクターになりきった子どもたちのほうが、より長く粘り強く課題を続けたのです。
これは、別人格を演じることが自分との距離を作り、目の前の困難に飲み込まれにくくする可能性を示しています。
たとえば「私は疲れた」と考えると、その疲れは自分そのものの問題に感じられます。
しかし「バットマンならどうするか」と考えると、少し外側から自分を見ることができます。
その結果、もう少しだけ続けてみようという行動が生まれるのです。
これは大人にも応用できます。
たとえば大事な会議の前に、「堂々と話せる自分」を身につけることができます。
失敗しそうな場面で、「粘り強い自分」ならどう動くかを考えることができます。
批判を受けたときに、「動じない自分」ならどう受け流すかを想像することもできます。
もちろん、これは自分を完全に別人に作り替える魔法ではありません。
しかし私たちは、場面ごとに何らかの役割を演じている以上、その役割を少しだけ意識的に選ぶことはできます。
「本当の自分は誰なのか」と問い続けると、答えのない迷路に入り込むことがあります。
それよりも、「この場面で、私はどんな自分として振る舞いたいのか」と問うほうが、実践的です。
ダリ・トリックとは、偽物の自分になる方法ではありません。
なりたい方向へ自分を動かすために、意識して仮面を選ぶ方法なのです。
参考文献
The Dalí trick: The strange psychology of becoming who you want to be
https://bigthink.com/mini-philosophy/the-dali-trick-the-strange-psychology-of-becoming-who-you-want-to-be/
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

