どうやって試すのか?

ここまでがオッペンハイム教授が2023年に発表した理論の骨格です。
今回PRXに受理された新しい論文は、この研究プログラムを発展させる大きな2つの改良がありました。
1つは相対論と握手できる形にしたことです。
相対論のいちばん大切な作法は、「誰から見ても、どんな座標で測っても、法則の形が変わらない」という美しい対称性です。
今回の論文では理論を、新たな計算術(経路積分)で展開し、相対論の対称性を、理論に最初から自然に組み込めるようになりました。
もう1つは、この新しい書き方の力を借りた証明でした。
それは——この理論の枠組みでは、古典的な重力を介しては、離れた二つの物体を「量子もつれ」の関係にできない、という結論です。
量子もつれとは、二つの粒子が、どんなに離れていても互いの状態を瞬時に”知っている”かのように結びつく、量子論ならではの深い繋がりのことです。
じつは物理学者たちは近年、「重力を通じて二つの物体がもつれるかどうかを、実験で確かめよう」という挑戦を計画しています。
もし本当にもつれが起きたなら、それは重力が古典的ではありえない——重力もまた量子的だ——という強い証拠になります。
そうなれば、少なくともこの種の局所的な古典重力モデルには厳しい結果になります。
一方で、この試みが本当にダメだった場合、つまりちょっとした技術的な問題ではなく、根本的に無理だった場合には古典的な時空を考える別ルートを、真剣に検討する余地が広がります。
物理学者にとっては自らの理論がかかった勝負ですが、人類にとってはどっちの結果でも科学の進歩という果実が得られます。
他にもこの理論を試す方法はあります。
「時空は避けようもなく揺れている」という予言を、正面から突くやり方です。
もし時空がこの理論の言うとおりに小さく揺れているなら、その揺れは重力の揺れとなり、関連する研究では、物の重さのわずかなブレとして顔を出す可能性があるとされています。
つまり——ある物体の重さを、これ以上ないほど精密に量り続けたとき、答えがぴたりと一点に定まらず、どうしても消えないブレが残る。
もしそんなブレが見つかれば、それは「時空は古典的だ」という側の、強力な証拠になります。
そしてこれが見つかれば、オッペンハイムたちの理論を強く後押しする結果になります。
では、すぐにやってみればいいじゃないか——と、はやる気持ちも湧いてきます。
しかし実行するには、物体の重さを、とてつもなく高い精度で測らなければならないのです。
それでも、この賭けに挑む価値を信じる研究者は少なくありません。
理論が発表された2023年、重力を通じたもつれ実験を最初に提案した一人、UCLのソウガト・ボーズ教授は「時空の本性を確かめる実験は大がかりな挑戦になるが、自然の根本法則を理解するうえで計り知れない意味を持つ。手は届く範囲にあり、予測は難しいものの、おそらく今後20年のうちに答えが分かるだろう」と述べていました。
私たちにとって、これは何を意味するのか

私たちはこれまで、量子論の奇妙さ——重ね合わせや、観測した途端に答えが一つに定まる不思議——を、この世界のいちばん根っこにある、動かしがたい性質だと思ってきました。
だから重力のほうを、その奇妙さに合わせて量子として解釈しようとしてきました。
ところがオッペンハイム教授たちの描く世界では、順番が逆転します。
根っこにあるのは、値の定まった古典的な時空のほう。
そして「シュレーディンガーの猫」のような量子の奇妙さの一部は、その古典的な時空と触れ合うことから生まれる、いわば”二次的な産物”だというのです。
観測すると答えが一つに定まる不思議な現象も、世界に組み込まれた事前設定ルールではなく、時空との対話が生む自然な帰結になるでしょう。
何が根源で、何が派生かという、世界の見取り図そのものが引っくり返るわけです。
そして何より心を打つのは、この理論が「もし私が間違っていたら、この実験でそれが分かる」という、自らを否定するための道具まで、自分の手で差し出している点にあります。
もちろん、キッチンの秤では測れません。
それでも言ってみれば——極限まで精密な秤を作れたなら、その最後の一点に、時空のゆらぎが顔を出すのかもしれません。
参考文献
New theory seeks to unite Einstein’s gravity with quantum mechanics
https://www.ucl.ac.uk/news/2023/dec/new-theory-seeks-unite-einsteins-gravity-quantum-mechanics
元論文
Covariant path integrals for quantum fields backreacting on classical space-time
https://doi.org/10.1103/2rcd-dzcf
A Postquantum Theory of Classical Gravity?
https://doi.org/10.1103/PhysRevX.13.041040
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

