まず田中将大である。キャリアを語る時、13年の24勝0敗、防御率1.27という現実離れした数字に触れないわけにはいかない。楽天を球団初のリーグ優勝、日本一へ導いたあの年の田中は、勝つ投手というより、敗北という概念を一時的に球場から追放した投手だった。
その後はヤンキースでメジャーのローテーションを守り、日本復帰後も現役を続け、25年9月30日の中日戦では日米通算200勝を達成した。NPBとMLBを通じて19年にわたり勝利を積み重ねた、史上4人目の快挙である。
前田健太は、田中とはまた違う形で“技巧の天才”を体現した。広島時代のマエケンは、エースらしい顔と数字を兼ね備えた投手だった。沢村賞を複数回受賞し、圧巻の安定感を残している。
広島からドジャース、ツインズ、タイガース、そして楽天‥‥その道のりは「日本のエースが海を渡った」だけではない。ドジャースで先発と救援をこなし、ツインズではサイ・ヤング賞投票上位に入るシーズンもあった。剛腕というより、変化球、配球、自己分析で生き抜くタイプの代表格だった。
野手でまず名前が挙がるのは坂本勇人だろう。巨人の遊撃手として10年以上も中心に立ち、20年には通算2000安打を達成した。31歳10カ月での到達は右打者として史上最年少でもあった。遊撃手という負担の大きいポジションで、これだけ打ち続けたこと自体が歴史的に見ても外れ値と言ってもいい。
しかも坂本は、ただ長く出た選手ではない。軽やかな守備、内角をさばく打撃、右方向にも運べる技術、時に長打で試合を決める華。巨人という日本で最も視線の集まる球団で、若手から主将、そしてベテランへと役割を変えながら生き残ってきた。
柳田悠岐は、この世代の“身体能力の夢”である。フルスイング、規格外の打球速度、豪快なのに打率も残す打撃。15年には打率・363、34本塁打、32盗塁でトリプルスリーを達成し、パ・リーグMVPにも選ばれた。この年の柳田は野球ファンの記憶にしっかり刻まれている。
打って、走って、守って、笑わせる。あまりに野球漫画的で、逆にリアリティが薄れるタイプのスターだった。その後も、NPBのトップ選手として数々のタイトルを獲得し、ソフトバンクの黄金期を支えた。
この4人だけでも、普通なら一世代分の見出しは埋まる。ところが88年組には、シーズン安打記録の216本の安打を記録した秋山翔吾や沢村賞を獲得した大野雄大をはじめ、宮﨑敏郎、澤村拓一、吉川光夫、増田達至(元西武)などタイトルホルダーが複数人いる。つまり、世代の厚みが違う。
田中と前田が投手の頂を作り、坂本と柳田が野手の頂を作り、その周囲にタイトルホルダーや代表級の選手が並ぶ。黄金世代という言葉は便利だが、この世代に限っては少し控えめに聞こえる。もはや“黄金”というより“金脈”だった。
ゴジキ:野球評論家・著作家。著書に「データで読む甲子園の怪物たち」(集英社新書)と「マネジメント術で読むプロ野球監督論」(光文社新書)ほか。7月16日に「システムで読む甲子園」(カンゼン)が発売予定。Yahoo! ニュース エキスパート。

