東京・小岩に、ミャンマー出身のメイさん、アウンさん夫婦が切り盛りする立ち食いそば店がある。2025年12月にオープンした『芽衣や』だ。日本の立ち食いそば文化を色濃く受け継ぎながら、自分たちらしい一杯を追求していく夫婦に話を聞いた。
「ミャンマーには立って食べる文化がないんです」
東京・小岩駅近くにある立ち食いそば店『芽衣や』。店内に入ると、まず目を引くのは、ずらりとケースに並んだ天ぷらのバリエーション。出汁のきいたツユに、存在感のある天ぷらがのる一杯は、これぞ立ち食いそば。そばをすすると、いわゆる“下町の立ち食いそば”らしい味を堪能できる。
この店を切り盛りしているのは、ミャンマー出身の夫婦というから驚きだ。
妻のメイさんは2010年4月、夫のアウンさんは2011年10月に来日した。2人はもともとミャンマーの大学で知り合い、アウンさんはメイさんの先輩だったという。来日後はそれぞれ日本で学校に通い、その後、結婚した。店名の『芽衣や』は、メイさんの名前から取ったものだ。
メイさんは、専門学校を卒業後、コンビニの店長として就職。その後、建設業の事務の仕事も経験した。アウンさんもアルバイトなどをしながら日本で生活し、安定して働ける職場を探していたところ、4年ほど前に立ち食いそば店で働くようになった。
メイさん自身が、初めて立ち食いそばを食べたのは、アウンさんが働いていた店だった。
「そばは知っていましたけど、立ち食いそばはあまり知りませんでした。主人が働いていたお店で初めて食べて、ツユがおいしいなと思いました。あと、ゲソ天もおいしかったですね」(メイさん、以下同)
ミャンマー出身のメイさんにとっては、まず「立って食べる」ということ自体が新鮮だったという。
「ミャンマーには立って食べる文化がないんです。だから最初は、立って食べるんだ、そういうお店があるんだ、という驚きがありました。でも、安くて、早く食べられて、おいしい。そこがいいなと思いました」
自分たちの店を持ちたいと思ったきっかけは、メイさんが体調を崩して仕事を辞めたことだった。
再就職も考えた。だが、「自分たちの仕事を持ちたい」という思いが強くなったという。
「日本に来て長いですし、ずっと人のところで働いてきました。でも、仕事を辞めたときに、自分の仕事をやりたいなと思ったんです。主人に相談したら、いま立ち食いそば屋で働いているから、こういう店ならできそうだし、やりたいならやろうよと言ってくれました」
店を始めると決めてからまず考えたのは店を出す場所。都内で13件ほど物件を見て回ったという。
日本の飲食店で感動した言葉
「立ち食いそばをやるなら、駅に近いほうがいいじゃないですか。人通りも見ましたし、その街にあるお店も見ました。お客さんがあまりいないかなとか、立ち食いそばを食べない街かなとか、いろいろ考えました。たとえば池袋は、韓国料理とか、ちょっと贅沢なものを食べる人が多いのかななど……」
駅からの距離、人通り、街の雰囲気、物件の審査。さまざまな条件を見ながら、最終的にたどり着いたのが小岩だった。
そして2025年12月20日、『芽衣や』はオープンした。
下町の立ち食いそばでは、ゲソ天は定番中の定番。『芽衣や』のゲソ天は、歯ごたえのあるゲソがゴロッと入っている。そばと一緒に食べると満足感が大きい。
「仕入れ値は高いんですけど、やっぱりゲソは人気があります。夜に来て、ゲソがないなら帰ります、というお客さんもいるんです。だから、やっぱりゲソはないとダメですね」
天ぷら作りは、メイさんたちにとって簡単ではなかった。
アウンさんは立ち食いそば店で働いた経験があったが、メイさんやほかのスタッフにとって、天ぷらを揚げるのは初めてだった。
「みんな初めてなので、わからないんです。主人がやり方を教えてくれたんですけど、焦げちゃったりすることもありました」
そこでアウンさんは、感覚だけで教えるのではなく、数字で伝えるようにした。イカゲソは何個、天ぷら粉は何グラム、というように測って、マニュアルを作り、店の看板メニューとなった。
だが、営業は順調なことばかりではない。オープンからしばらく売り上げは上がっていったが、2026年2月に最寄りの駅ナカに有名なそば店がオープンすると、売り上げは一時落ち込んだ。
それでも常連は少しずつ増えている。ポイントカードもあり、アウンさんは顔を見れば常連客がわかるという。
客とのやりとりの中で、メイさんが印象に残っている言葉がある。
「ミャンマーでは、食べ終わったあとに何も言わずに帰ることも多いんです。でも日本では、お客さんが『ごちそうさまでした』と言って帰る。それがすごく素敵な言葉だと思いました。いまでは私たちも、外で食事をしたときには、必ず『ごちそうさまでした』と言うようにしています」

