ウォーキングフットボールが生み出す心と社会の変化
手話通訳を介してスムーズに会話が生まれる。聴覚に障がいのある人も同じピッチで対等にプレーを楽しむウォーキングフットボールの現場では、ルール以上の「魔法」が起きている。それは、障がいの有無や年齢の壁を越えたコミュニケーションだ。健常者と障がいのある人が一緒にプレーすることで、「声をかけてもいいのだろうか」といった健常者側の勝手な壁や偏見が自然と取り除かれ、スムーズな会話が生まれていくという。
ここで重要なのが、「忖度(そんたく)をしない」ということ。お年寄りや障がいのある人が相手だからといって、わざとシュートを決めさせたり、手加減をしたりすると、スポーツ本来の勝負の面白さが失われてしまう。「勝負が楽しいからこそ続くんです」と松田さんは語る。制限がある中で本気で勝負をするからこそ、そこに本当の楽しさと対等な相互理解が生まれるのだ。
親・子・孫の3世代が同じチームでプレーできるのも魅力。世代を超えた心温まる交流の場にその効果は、東日本大震災の被災地である福島県南相馬市の事例でも実証された。現地のNPO法人が運営するスポーツクラブが高齢者向けの活動としてウォーキングフットボールを導入したところ、これまでサッカーを全くやったことのなかった平均年齢70歳前後のおばあちゃんたちが参加し、「久々に笑った」「終わった後に胸がスッとする」と夢中になり、今でも毎週のようにプレーを楽しんでいるそうだ。また、有酸素運動と脳トレの要素を併せ持つため、認知症予防にも効果が期待されている。
さらに、単なる地域の健康づくりにとどまらず、多世代交流の場を広げる取り組みも進んでいる。例えば、年に数回開催されている「キリンファミリーチャレンジカップ」はその代表例。このイベントは親子3世代でチームを組んで出場できるのが特徴で、同じピッチでパスを繋ぎ、孫がおじいちゃんの懸命なプレーを応援するといった心温まる光景が広がっている。
平日の昼間に真剣勝負を。ウォーキングフットボールが描く未来
全国のウォーキングひろばでは、誰もが主役になれる環境づくりが進められているウォーキングフットボールが目指すのは、単なる一時的なイベントではなく、地域に根ざした「日常の文化」になることだ。松田さんが理想とする未来図の1つは、平日の日中に高齢者が集まり、当たり前のようにリーグ戦で真剣勝負を楽しむような光景だという。
現在、JFAの看板を掲げた「ウォーキングひろば」の全国展開や、地域の場作りを担うコーディネーター講習会が各地で開催されている。勝負を通して仲間ができ、笑い合える居場所が近所にある。そんな豊かな地域コミュニティが、日本中に広がろうとしている。
「走れ!ボールを取りに行け!相手にプレーさせるな!という普通のサッカーとは真逆のスポーツなので、安心して参加してください」と松田さんは笑顔で呼びかけた。
年齢も障がいも関係なく、純粋にボールを追いかける喜びと笑い合える仲間がそこには待っているウォーキングフットボールは、「できないこと」を補い合うのではなく、「できること」を最大限に生かして全員で楽しむためのスポーツ。特別な道具も、スポーツの経験も必要ない、ただ1歩を踏み出すだけでいい。そこには、年齢も障がいも関係なく、純粋にボールを追いかける喜びと、共に笑い合える仲間がいる。ぜひ一度、その魅力を体感してみてはいかがだろうか。
photo and text by Yoshio Yoshida(Parasapo Lab)
