
本やニュース記事を読むとき、私たちはすべての文章を同じように読んでいるわけではありません。
英オックスフォード大学で哲学の教鞭をとり、現在は作家として活動するジョニー・トムソン(Jonny Thomson)氏は「読書に大きく分けて3タイプの読み方がある」といいます。
その3つとは、
「拾い読み」「流し読み」「精読」
です。
そしてトムソン氏によれば、デジタルコンテンツに囲まれた現代人は、知らないうちに2つの読み方に偏っているという。
では、読書の3タイプとは、具体的にどんな読み方なのか?
現代人が偏りがちな2つのタイプはどんなものなのか、詳しく見てみましょう。
目次
- 現代人が偏りがちな2タイプ:「拾い読み」と「流し読み」
- 一語ずつ味わう「精読」がもたらす3つの体験
- 拾い読み・流し読みの時代だからこそ…
現代人が偏りがちな2タイプ:「拾い読み」と「流し読み」
3つの読書タイプのうち、文章への関わりが最も浅いのが「拾い読み(スキャニング)」です。
これは、文章全体を理解しようとするのではなく、特定の名前や数字、キーワードなどを目で探す読み方です。
例えば、長いニュース記事の中から研究者の名前だけを確認したり、説明書から設定方法が書かれた場所を探したりするとき、私たちは拾い読みをしています。
記事を開いた直後に見出しだけを眺め、「自分に必要な情報がありそうか」を判断するのも拾い読みの一種です。
拾い読みには、必要な情報へ素早くたどり着ける利点があります。
一方で、文章の細かなニュアンスや、書き手が込めた工夫、前後の文脈などは見落としやすくなります。

拾い読みよりも少し深く文章に触れるのが、「流し読み(スキミング)」です。
流し読みでは、最初から最後まで一語ずつ読むのではなく、数行を読んでは先へ進み、文章の大まかな意味だけをつかみます。
内容を完全に理解するというよりも、「何について書かれているのか」を短時間で把握するための読み方です。
たとえば、トムソン氏は、デジタル文章を読む際の「F字型パターン」を紹介しています。
多くの人はウェブページを読むとき、最初に上部を横方向へ長く読み、その下を短く読み、最後は画面の左側を縦方向へ視線を動かす傾向があるというものです。
視線の動きがアルファベットの「F」に似ているため、このように呼ばれています。
こうした読み方に合わせ、ウェブ上の記事では、大きな見出しや短い段落、目立つ重要語句などが多く使われるようになりました。
現代人が偏りがちな2つの読書タイプとは、「拾い読み」と「流し読み」です。
これら2タイプの読書が悪いわけではなく、拾い読みや流し読みには、必要な情報を効率的に得たり、物語を自分のペースで楽しんだりする役割があります。
ただ問題なのは、目的に応じて選ぶのではなく、どんな文章に対しても無意識にこの2つだけを使うようになることです。
一語ずつ味わう「精読」がもたらす3つの体験
3つ目のタイプが「精読(ディープ・リーディング)」です。
精読とは、一つひとつの文を丁寧に読み、書かれている言葉や意味を深く考える読み方です。
理解できない部分があれば立ち止まり、ときには前の文章へ戻って読み直します。
哲学書や古典文学、複雑な人間模様を描いた長編小説などは、流し読みをすると重要な議論や伏線を見落としてしまいます。
「登場人物がなぜこの行動を取ったのか」「著者はこの言葉で何を伝えようとしたのか」を考えるには、文章の中に腰を据える必要があります。
トムソン氏は、精読には大きく3つの目的や効果があると説明します。
1つ目は、作品世界への「没入」です。
同じ本であっても、文章を飛ばさず丁寧に読むことで、風景の音や匂い、登場人物の感情、世界の歴史的な背景などが、より鮮明に感じられるようになります。
若いころに流し読みした小説を大人になって読み直すと、以前は気づかなかった描写の豊かさに驚くことがあります。
これは作品が変化したのではなく、読み方や読者自身の経験が変化したためです。
2つ目は、書き手の仕事を「味わい、評価する」ことです。
文章は、書き手が思いついた言葉をそのまま並べたものとは限りません。
何度も書き直し、言葉を入れ替え、文章のリズムを整えた末に完成している場合があります。
精読は、そうした書き手の工夫を受け取り、その努力に耳を澄ませる行為でもあります。
3つ目は、心を「静める」ことです。
英サセックス大学の2009年の研究では、わずか6分間の精読によって、ストレスが最大68%減少したと報告されています。
音楽を聴くことや散歩、紅茶を飲むことよりも、大きな低下が見られたとされています。
一つの場所に座り、文章を一語ずつ追うことは、心拍や筋肉の緊張を和らげ、瞑想に近い落ち着いた状態へ導く可能性があります。
ただし、これはどんな本でも必ずストレスが68%減るという意味ではありません。
読者の状態や読む内容、環境などによって感じ方は異なると考えるべきでしょう。
それでも、通知や短い動画によって注意を次々と切り替える日常とは反対に、精読が一つの対象へ静かに意識を向ける時間になることは確かです。

