左右は単細胞時代の遺産かもしれない

現代の動物界を見渡すと、こうした「左右のどちらかを好む癖」は、実にさまざまな動物で報告されています。
マルハナバチ(ハチの仲間)は飛ぶときに方向の偏りを見せ、アリは未知の巣を探索するとき左に曲がる傾向があり、タコにも腕の使い方に偏りがあるとされています。
そしてこれらの動物に共通しているのは、いずれも比較的発達した神経のシステムを持っているということです。
その原因は動物や行動ごとにさまざまで、餌の探し方のような理由もあれば、体の左右で異なる役割を担う神経の仕組み——いわば「体の指令系統」の左右差が関わっている例もあります。
研究を率いたエバンス博士は「この発見は、スプリギナの神経系が比較的複雑で、現代の動物により近いものだったことを示唆しているのかもしれません」と述べています。
では究極的に、「右を好む」「左を好む」という偏りの起源は、いったいどこまで遡れるのでしょうか。
この問いを突き詰めていくと、近年の研究は驚くべき場所にたどり着きます。
多細胞の動物が登場するよりもさらに前——生き物がまだ、たった一つの細胞だった時代にまで行き着くかもしれない、というのです。
どういうことでしょうか。
私たちの体をつくる細胞は、ぐにゃぐにゃした水風船のようなものではありません。
その内部には、細胞の形を支えたり、中の荷物を運んだりするための、目に見えないほど細い繊維が張りめぐらされています。
いわば、細胞という小さな部屋を内側から支える”骨組み”であり、”レール”でもあります。
近年の研究で分かってきたのは、この繊維が組み上がっていくとき、まっすぐ素直に伸びるのではなく、わずかに一方向へねじれる性質を持っている、ということです。
つる植物の巻きひげが決まった向きにくるりと巻いていくように、あるいはネジの溝がいつも同じ向きに切られているように、この微細な繊維にも”生まれつきの利き”のようなものがあるのです。
言ってみれば、まだ一つの細胞しかない生き物でさえ、その内側に「左右のかたより」を生み出す材料をすでに備えていた、ということになります。
そして、たった一つの細胞に刻まれたこのごく小さな傾きが、細胞が分裂して数を増やし、やがて複雑な体を組み上げていく過程で少しずつ広がって、体全体の左右の偏りへとつながっていく——という説も唱えられています。
論文の著者らも、スプリギナのような初期の動物が、こうした古い左右のかたよりの仕組みを利用していた可能性に触れています。
もしこの見方が正しければ、スプリギナの「右に曲がる癖」は、スプリギナがまったくの新発明として生み出したものではないのかもしれません。
はるか昔の単細胞の祖先が持っていた小さなかたよりが、多細胞の体の中で「行動の偏り」として花を開いた——いわば、利き手の概念は動物の歴史そのものと同じくらい古い遺産だったのかもしれません。
参考文献
Fossil reveals the earliest evidence of “right-handedness” in the animal kingdom
https://www.eurekalert.org/news-releases/1135136
Ediacaran Sea Creature May Hold Earliest Evidence of Right-Handedness
https://www.sci.news/paleontology/ediacaran-handedness-14908.html
元論文
Earliest evidence of behavioural handedness in the Ediacaran motile bilaterian Spriggina floundersi
https://doi.org/10.1038/s41598-026-53857-x
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

