住宅価格が高騰する中、ついに政治が動き出した。議論をリードするのは、「都民のグレートマザー」こと小池百合子都知事だ。現役世代が安価に入居できる「アフォーダブル住宅」を整備し、子育てをする環境を整えるとぶちあげた。これまで保育園の無償化や学費補助など、日本中からかき集めた富を使ってなりふりかまわぬ少子化対策を進めてきた小池知事だが、ついに本丸である住宅政策に切り込んだ形だ。もっとも、「最強の既得権益」に踏み込まない限り、手頃な価格で住める住宅という理想は、絵に描いた餅となりかねない。
都内でありながら56㎡の2LDKで15万円台
「小池知事がここまでやるとは、正直予想外だった」
不動産投資ファンドに勤めるA氏はこう舌を巻く。視線の先にあるのは、6月に明らかになった、東京都のアフォーダブル住宅整備だ。
周辺で子育て世帯向けの住宅を整備すれば、都心の複合ビルの容積率を緩和するという内容で、第一弾として築地と渋谷が対象になっているという。
容積率とは敷地面積に対する延床面積の割合を示したもので、要するに土地にどれだけ階数の高い建物を建てられるというルールだ。
都心の土地が有限である以上、ビルは高ければ高いほど収益性が高まる。無秩序な開発を抑制するために定められたものだが、これを緩和するというのだ。
報道によると、本来600%だった容積率を1230〜1350%まで緩和するという。建築コストが高騰し再開発計画の中止や延期が相次ぐ中、今回、対象となったエリアで不動産を開発する住友不動産や東急不動産にとっては恵みの雨といったところだろう。
「周囲の築古物件をアフォーダブル住宅として改修するだけで容積率が2倍に増えるなら、やらない手はない」(A氏)と、不動産業界も大歓迎の様子だ。
所得制限抜きで月額5000円を配る018サポートや子どもを出産した家庭に対する10万円分のポイント、保育園の無償化や高校授業料の実質無償化と、これまで様々な子育て政策を繰り出し「都民のグレートマザー」と呼ばれる小池知事にとって、悩みの種となっていたのが東京の住宅価格の高騰だった。
既に都内のマンションの平均価格が1億円を超えて久しいが、住宅を購入する前の段階である賃料も高止まりしている。
ライフルホームズによると、23区のファミリータイプの物件の掲載賃料は25万円を超えており、過去5年間で約1.5倍となっている。現役世代が住める住宅の供給は喫緊の課題だった。
定例記者会見では、「手頃な家賃で子育てしやすい『アフォーダブル住宅』の供給を進めております」「子育てをしやすい住環境にあって、45㎡以上、又は2居室以上の間取りを備えたお部屋を用意いたします」と、具体的な面積まで挙げて説明。
都庁記者クラブで働く全国紙のB記者は「ほかの政策と比べて少子化対策には明らかに熱がこもっており、それだけ気合が入っているのだろう」と分析する。
実際に募集が始まったアフォーダブル住宅とはどのようなものなのだろうか。5月に募集が始まったのが、「ファミルート小岩」(江戸川区)だ。
野村不動産が立ち上げた官民連携ファンドを通じて取得した賃貸マンションで、JR小岩駅から徒歩12分とやや距離はあるが、都内でありながら56㎡の2LDKで15万円台の家賃は割安感がある。
小岩駅徒歩10分程度の築浅物件で探すと20万円近くする物件も多いことから、子育て世帯を支援するという看板に偽りはない。
ほかにも、スタートアップのヤモリは中古の戸建てを使った賃貸住宅を提供している。
「“やった感”を出すための小池都知事のレガシーづくり」
アフォーダブル住宅はメディアにも多く取り上げられて問い合わせも増えているという。民間企業の保有するノウハウと東京都の豊富な資金を活用して割安な物件の供給を増やすという取り組みは悪くない滑り出しをみせたといえる。
もっとも、前出のB記者は「あくまで小池都知事のレガシーづくりであり、抜本的な解決策にはならない」と断言する。
24年7月の東京都知事選で石丸伸二氏や蓮舫氏に圧勝した小池氏だが、高市政権の誕生によって女性初の総理大臣になる夢が潰え、3期目はレームダックとなりつつある。
現金のバラマキにせよ手厚い支援にせよ、一連の少子化対策は費用対効果を無視した施策であり、今回のアフォーダブル住宅も同じ仕組みだという。
実際、アフォーダブル住宅は理念こそ素晴らしいが、効果としては焼け石に水との指摘がある。東京都の発表では、民間企業が参加する官民ファンドの供給戸数が350戸、公営住宅を子育て世帯や新婚世帯限定で貸し出す「JKK東京型」が1200戸で、合計1550戸に過ぎない。
冒頭の容積率緩和策などで今後増えていくとはいえ、人口1400万人、総世帯数770万世帯を超える世界有数の大都市において、砂漠に水をまくようなものだろう。
そもそも、東京都内は子育て世帯に適した賃貸物件が少ない。総務省の住宅・土地統計調査によると、東京23区の賃貸住宅は29㎡以下が全体の44%、30〜49㎡の物件が約30%と、圧倒的にシングル向けの部屋が多い。
大手不動産デベロッパーが手掛ける賃貸住宅もほとんどが1Kや1LDKで、そもそも選択肢がないのだ。
一方で、小池都政の大盤振る舞いの子育て政策を受けて、東京を目指す子育て世帯はひきもきらず、需要に対して圧倒的に供給が足りない状況が現在の家賃高騰を招いていた。
「東京都といえども、本気で子育て世帯向けの住宅を増やそうと思ったら予算がいくらあっても足りない。東京一極集中に対する周辺県からの反発もあり、あくまで『やった感』を出すための施策だ」(B記者)
本気で子育て世帯を増やすならば、「聖域」に切り込むことが避けて通れない。その聖域とは、都営住宅だ。
月々数万円で住める都営住宅はもともと住宅を購入できない人々の受け皿として整備された経緯があるが、現在は高齢者の既得権益となっている向きもあり、現役世代にとっては縁遠いものとなっている。

