
緊張していることを悟られまいと、平静な顔を保った経験はないでしょうか。
見た目は落ち着いていても、心臓だけは正直に速く打っていることがあります。
米オハイオ州立大学(OSU)の研究チームによると、捕食者の映像を見た馬にも、そんな「外見は冷静、内心はドキドキ」という反応が見られました。
研究成果は2026年7月15日付で、科学誌『PLOS ONE』に掲載されています。
目次
- 馬が捕食者を見た時、外見上の変化は乏しいが「心拍数が有意に上昇」した
- 逃げ出す前に相手を見極めていた可能性
馬が捕食者を見た時、外見上の変化は乏しいが「心拍数が有意に上昇」した
馬はもともと、オオカミなどに捕食される側の動物です。
人間に飼育され、捕食者と出会う機会が少なくなった現在の馬にも、危険な相手を見分ける能力が残っていると考えられています。
これまでの研究では、馬が捕食者の鳴き声や匂いに反応して警戒を強めることが報告されてきました。
しかし、音や匂いを取り除き、視覚情報だけでも捕食者候補と非捕食者を区別できるのかは、十分に分かっていませんでした。
そこで研究チームは、オハイオ州立大学の施設で飼育されている馬18頭を対象に実験を行いました。
馬の平均年齢は7歳で、雌が12頭、雄が6頭でした。雄はすべて去勢馬です。
馬は心拍計を装着して馬房に入り、プロジェクターに映された音のない60秒間の動画を見ました。
最初の20秒は、非捕食者として3頭のウォンバットが草を食べる映像です。
続いて、オオカミ同士が噛み合ったり追いかけたりする場面と、互いに舐めたり毛づくろいしたりする場面が、それぞれ20秒間提示されました。
2種類のオオカミ映像の順番は馬ごとに入れ替えられましたが、ウォンバット映像はすべての馬で最初に流されました。
研究者らは心拍数に加え、視線、耳や尾の動き、頭振り、鼻孔の広がり、排泄なども記録しました。
その結果、ウォンバットを見ている間の心拍数は映像提示前と大きく変わりませんでしたが、オオカミ映像では明確に上昇しました。
一方、尾振りや頭振り、耳の動きといった外から分かる行動は、オオカミ映像で有意に増えませんでした。
外見上の変化が乏しいまま、体内では生理的な警戒が高まっていたと考えられます。
では、心拍数や視線には具体的にどのような違いが現れたのでしょうか。より詳しい結果を次項で見ていきます。
逃げ出す前に相手を見極めていた可能性
映像提示前の馬の平均心拍数は、1分あたり51.0回でした。
ウォンバット映像では55.9回で、基準値との有意な差はありませんでした。
ところが、争うオオカミでは63.9回、毛づくろいするオオカミでは66.3回まで上昇しました。
意外にも、攻撃的なオオカミと、穏やかに毛づくろいするオオカミの間には有意差がありませんでした。
これは、馬がオオカミ同士の行動内容よりも、オオカミ映像に共通する何らかの視覚的特徴に反応した可能性を示します。
ただし、体形、動き、頭数、背景、毛色などのうち、何が手がかりになったのかは分かりません。
また、オオカミ映像中の平均心拍数は、雄が76.8回、雌が54.8回で、雄のほうが高くなりました。
群れの中で社会的地位が高いと評価された馬ほど、オオカミ映像中の心拍数が高い傾向も見つかっています。
研究者らは、雄の反応には野外で周囲を警戒する役割が、高順位の馬の反応には群れの意思決定への関与が、それぞれ影響している可能性を挙げています。
ただし、雄は6頭しかおらず、社会的地位も飼育スタッフの評価に基づいているため、今後の検証が必要です。
視線にも興味深い特徴がありました。
馬は脅威を見る際に左目を使いやすいとされますが、今回の実験では左目だけで見る行動はほとんど確認されませんでした。
オオカミ映像では右目視と両眼視に差がなく、ウォンバット映像では両目で正面から見る時間が長くなっていたのです。
研究チームは、馬が反射的に逃げようとしたのではなく、目の前にあるものが何なのかをじっくり見て判断しようとしていた可能性を指摘しています。
今後は、背景や動き、頭数などを揃えた映像を使い、馬が捕食者を見分ける際にどの特徴を手がかりにしているのかを調べる必要があります。
馬が静かに立っているからといって、必ずしも心まで落ち着いているとは限りません。
そのポーカーフェイスの裏では、私たちの気づかない「内心ドキドキ」が起きているのです。
参考文献
When eyeing a predator, horses keep a poker face as their hearts race
https://www.eurekalert.org/news-releases/1135730
元論文
Recognition of unfamiliar predators in domestic horses through only visual predator cues
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0349298
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部

