その職業だからこそ見えるものがある一方で、知りたくなかった事情に触れてしまうこともある。日々同じ地域を回る郵便配達員が住人から聞かれたのは、「この部屋、何かありましたか?」という、ある部屋にまつわる不穏な問いだった。〈漫画『85円の遺言』第3話〉
「お客さんに『ここ、何かありましたか?』と聞かれた配達員がいました」
世の中には、その職業だからこそ知っている景色がある。
たとえば引っ越し業者であれば、外からはわからない豪邸の内側や、著名人の意外な住まいを知ることがあるかもしれない。ホテルスタッフであれば、客の人間関係や、表には出ない利用のされ方を目にすることもあるだろう。
もちろん、それを故意に知ろうとすることは許されないし、仕事で知ったことを外に漏らすこともあってはならない。ただ、職業によっては、ふつうに生活しているだけでは知り得ない事情に触れてしまうことがある。
郵便配達員もまた、そうした仕事のひとつだ。日々同じ地域を回り、家やアパート、集合住宅を訪ねる。住人の名前、転居の頻度、家や部屋の様子。郵便物を届けるために通い続けるからこそ、部屋にまつわる異変に気づいてしまうこともあるという。
漫画『85円の遺言』を描く送達ねこ氏は、配達員が出会った“不思議な物件”について、こんなエピソードを教えてくれた。
「以前、あるアパートのお客さんに『ここ、何かありましたか?』と聞かれた配達員がいました。『夜寝ていると、枕元で外国語みたいなのをしゃべる声がするんです』と。押入れから、ため息が聞こえるとも話していたそうです」
配達員には心当たりがあったという。ただ、それが怪現象とつながっているかはわからない。また、部屋に関する事情を軽々に話すこともできない。そのため、その場では話を聞くにとどめた。
その住人は、まもなく転出した。しかし、その後もその部屋だけは異様に居住者が変わり続けたという。
「郵便局には、“配達原簿”という、居住者の方の名前が載っているプラスチックの板があるのですが、それが頻繁に差し替えられるんです。入居者からの問いかけと転居の状況から、『“そういう物件”だったのか……』となる例もあるようです」
部屋の中で何が起きていたのか、配達員が確かめることはできない。それでも、住人の言葉と、その後の入れ替わりの多さが重なったとき、そこには何か説明のつかない不気味さが残る。
『85円の遺言』第3話で描かれるのも、ある部屋に残された“気配”をめぐる物語だ。霊が見える郵便配達員は、配達先で疲れ果てた若い男性と出会う。彼は「この部屋には霊がいる」と語り、霊を呼び出そうとする。
その部屋にいるのは、ただの怪奇現象なのか。それとも、誰かが残した思いなのか。
漫画『85円の遺言』第3話をお届けする。
「毎月第3土曜日18時配信」
文/集英社オンライン編集部
次回:8月15日(土)配信予定
※毎月第3土曜日更新

