わずか5週間で「ファラオのような姿」に変化
ナトロンの下から現れた遺体を見たブライアーは、その姿に驚きました。
皮膚は乾燥して縮み、顔や頭皮には深いしわが生じていました。
唇は後ろへ縮んで歯が露出し、皮膚は黄褐色に変化していました。
鼻は細くとがり、乾燥した髪が頭部からまばらに突き出ていました。
ブライアーによると、わずか5週間しか経過していないにもかかわらず、その姿はラムセス大王のミイラによく似ていたといいます。
それまでブライアーは、古代ミイラ特有の外見が、数千年にわたる経年変化によって生じた可能性も考えていました。
しかし今回の結果は、私たちがよく知るミイラの姿が、乾燥処理の直後からすでに形成されていたことを示しました。
つまり、ミイラを象徴する革のような皮膚や縮んだ顔は、長い年月だけで生まれたものではなく、ミイラ製作そのものによって生じていたのです。
脱水による変化は、外見だけではありませんでした。
処理前に約85キログラムあった遺体の体重は、5週間後には約36キログラムまで減少しました。
その後も乾燥を続けると、最終的には約23キログラムになりました。
手足は木の枝のように硬くなったため、2人はハス、スギ、ヤシの油を使って全身をマッサージしました。
この処理には宗教的な意味があるだけでなく、関節にある程度の柔軟性を戻し、遺体を扱いやすくする効果もありました。
その後、手足の指を1本ずつ亜麻布で包み、腕、脚、胴体へと包帯を巻いていきました。
布の層の間には、古代の方法にならって護符や呪文を書いたパピルスも挟まれました。
取り出した内臓も、ナトロンによって大幅に縮みました。
この現象は、古代エジプトのミイラをめぐる別の謎を説明しました。
古代エジプトでは、摘出した臓器をカノプス壺と呼ばれる容器に保存していました。
しかし、カノプス壺の口は細いため、大きな肝臓や肺をどのように入れたのかが疑問視されていました。
今回の実験により、内臓は乾燥すると、細い壺の口から入れられるほど縮むことが確認されたのです。
また、古代の防腐処理台が約1.2メートルもの幅を持っていた理由も説明できました。
遺体の周囲に大量のナトロンを積み上げるには、通常よりも幅の広い台が必要だったのです。
完成したミイラは、その後約30年間にわたり、メリーランド州の金属製の棺の中で室温保存されています。
腐敗していないか確認するため、これまでに2度、包帯の一部が外されましたが、特に異常は見つかりませんでした。
この実験は、古代エジプトの技術が、現代の設備を使わなくても遺体を長期間保存できるほど効果的だったことを示しています。
倫理的な批判も
一方で、この試みは強い批判も受けました。
科学研究のために遺体を提供することが、研究者の考えたあらゆる実験への同意を意味するわけではないという指摘です。
ブライアーとウェイドは、遺体を粗末に扱ったわけではなく、古代の王と同じように丁重に扱ったと説明しています。
それでも、献体した本人がミイラ化まで想定していたかどうかは分からず、実験の科学的価値と、死者の尊厳や同意をどのように両立させるかという問題は残ります。
古代エジプトのミイラ製作は、死後の世界を信じる宗教的な儀式でした。
しかし今回の再現実験から見えてきたのは、そこに極めて現実的な保存技術が組み込まれていたことです。
内臓を取り出し、香料や酒で洗浄し、大量のナトロンで徹底的に水分を奪うことで、腐敗を引き起こす微生物や昆虫の活動を封じていました。
古代の防腐処理師たちは、微生物や化学反応について現代的な知識を持っていたわけではありません。
それでも長年の経験を通して、遺体を数千年後まで残し得る方法にたどり着いていたのです。
現代人をミイラ化したこの異例の実験は、古代エジプト人の技術力を明らかにすると同時に、科学のためにどこまで人間の遺体を利用してよいのかという、現代的な問いも私たちに突きつけています。
参考文献
‘He looked like Ramses the Great’: How experimental archaeologists used ancient techniques to mummify a modern-day person
https://www.livescience.com/archaeology/ancient-egyptians/he-looked-like-ramses-the-great-how-experimental-archaeologists-used-ancient-techniques-to-mummify-a-modern-day-person
They mummified a modern human with ancient tools. It got messy.
https://www.nationalgeographic.com/history/article/sam-kean-book-dinner-with-king-tut-modern-mummy-ancient-egypt
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

