
日本の自然科学研究機構 基礎生物学研究所(NIBB)で行われた研究によって、白黒だけで描かれた回転する円盤から、ありもしない色が現れる現象について、興味深い研究結果が発表されました。
この現象は200年ちかくも正体が捕まっていない、視覚の古い謎として知られています。
研究ではそのヒトにはおなじみの錯覚を、予測だけするAIにみせたところ、人間で確認されたクセに似た結果が得られたことが示されました。
研究者たちは「この錯視には、目に映る光をそのまま受け取るだけでなく、脳が次を予測する働きも関わる可能性を示すものだ」と考えています。
私たち自身がいま見ている色は、本当に”そこ”にあるのでしょうか。
それとも、脳が見せている予測なのでしょうか。
研究内容の詳細は2026年6月16日に『Scientific Reports』にて発表されました。
目次
- 白と黒しかないのに、色が浮かぶ不思議な円盤
- 白黒の回転円盤にAIも色を見出していた
- なぜ「動く物体」が、そんなに幅を利かせるのか
白と黒しかないのに、色が浮かぶ不思議な円盤
https://nazology.kusuguru.co.jp/wp-content/uploads/2026/07/7ca3357c85325822d54c5cfb6dd5d637.mp4白と黒だけで塗られた、模様つきの円盤があります。塗料は二色きり。赤も青も、どこにも使われていません。
ところが、これをコマのようにくるくると回してみると、不思議なことが起こります。
白と黒しかなかったはずの円盤の上に、うっすらと赤や青や緑が、ふわりと浮かび上がって見えるのです。
回すのをやめて円盤を止めると、色はすっと消え、また元の白黒に戻ります。
はじめて見た人は、たいてい目をこすります。そんなはずはない、と。なにしろ円盤には、色のインクが一滴も使われていないのですから。
それなのに、色が見える。しかも気のせいでは片づけられないくらい、はっきりと見えるのです。
この不思議な色には「主観色」と名前がついています。
目に本当に届いている色ではなく、私たちの視覚が自分で勝手に作り出している色、という意味です。
いってみれば、脳が見せてくる”幽霊の色”のようなものです。
しかもその色の出方には、几帳面なクセがあります。
一つ目は、場所によって色が変わること。内側と外側の弧とでは色が違います。
二つ目は、回す向きで色が入れ替わること。
三つ目、白地に黒ではなく、黒地に白にすると、色の位置がひっくり返ります。
そして、色をきれいに見るには、回す速さにもコツがあります。
ただやみくもに速く回せばいいわけではありません。
だいたい毎秒5回から10回転あたりの速すぎず遅すぎない、ちょうどいいリズムのときに、色がもっともはっきり立ちのぼるのです。
そして、この幽霊がやっかいなのは、200年ちかくも正体が捕まっていないことです。
「なぜ白黒から色が生まれるのか」この問いは、ベンハムのコマとして有名になるより前から、多くの研究者を悩ませつづけてきました。
原因が目の網膜だけで説明できるのか、それとも脳の高次の視覚野も関わるのか、明確な答えは出ていませんでした。
そこで今回、研究者たちは、あるユニークな手段をとってみました。
このコマを、AIに見せてみたのです。
白黒の回転円盤にAIも色を見出していた

AIは白黒のベンハムのコマを、どう見ていたのか。
研究者たちは、次の画像を予測するのに特化したAI(PredNet)を用い、ベンハムのコマを見せてみました。
このAIはChatGPTのような汎用AIではなく、次の瞬間の画像予測に特化しています。
まず、止まったコマを見せてみます。
このときは予想通り、AIが「次はこうなるはず」と描く予測画像にも、ほとんど色は現れませんでした。
ところが、コマを回して見せたとたんAIが描いた予測画像の、まさに弧の部分に、淡い色がふわりとにじみ出たのです。
しかも、本当に驚くべきはここからです。その色の出方が、人間そっくりの、あの几帳面なクセを持っていたのです。
一つ目は、場所によって色が変わること。内側と外側の弧とでは色が違います。
二つ目は、回す向きで色が入れ替わること。
三つ目、白地に黒ではなく、黒地に白にすると、色の位置がひっくり返ります。
ベンハムのコマをはじめて見る予測AIが、三つともそっくり再現してみせたのです。
AI訓練させる際には特に色については言及せずに、ただ「次の映像を当てなさい」と鍛えただけでもこうなってしまったのです。
まるで、人間の錯覚のクセの一部が、AIに”うつった”かのようです。(※研究チームは、この人工的に生まれた色を「人工主観色」と名づけました。)
この結果は、網膜のような特別な仕組みを組み込まなくても、「次を予測する」という働きから色が生じうることを示しています。
ではなぜAIも色を予測したのでしょうか?

答えを得るため研究者たちは、AIが学習した動画の中身を調べました。
AIは、「白黒のコマから色を出せ」とは教わっていません。
にもかかわらず弧に赤や青をにじませた。
ということは、その色のもとになった”何か”が、訓練のあいだにAIの中へ入り込んでいたはずです。
犯人は、AIが見せられていた訓練動画のどこかに潜んでいると考えるのが自然です。
そこで研究者たちは、AIに見せる訓練動画の”中身”を、少しずつ単純にしていきました。
すると、面白い変化が見えてきました。
いろいろな物が雑多に写る、人が歩きながら撮った自然な動画で育てたAIも、たしかに人間と同じような色を出しはしました。
ただし、その色は淡く、ばらつきも大きいものでした。いろんな色の物がごちゃまぜに動くので、AIの覚える”色のクセ”も、あちこちに分散してしまうのです。
コンピューターグラフィックスで作った「街を歩く人物」の3D動画で育てたAIになると、色はもう少し鮮明になりました。
雑多さが減った分だけ、色のクセが揃ってきたのです。
そして、映像を極限までそぎ落とし、ちらちらと色の変わる背景の中を、赤・緑・青のいずれか一色の四角形がただ動くだけの動画で訓練したAIが、決め手となる反応を見せました。
赤い四角形を見せて育てたAIは、白黒のコマの弧に、その赤に対応する色を強く出したのです。
緑や青の四角で育てたときも、学習した色に対応する色が現れる傾向が見られました。
ただし青のときは、出る色のばらつきも大きくなりました。
以上の結果から、訓練動画の中で「動いていた物の色」が、AIの見る幽霊の色を強く左右していたことがわかってきました。
ただし、話はここで終わりません。研究チームは続いて、この色を生む大もとの仕組みそのものに迫っていきます。

