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【深淵ホラー劇場:映画界が封印した『G級の神々』】#10 【日本初インタビュー】『墓地裏の家』メイ役シルヴィア・コラティナが明かすラストシーンの真相 ルチオ・フルチ作品とイタリアン・ホラー復活への思い

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■ 墓地裏の家で何が起こったのか?『墓地裏の家』ラストの謎を自ら解説!

シルヴィアの代表作を自ら解説!
ルチオ・フルチ監督の『墓地裏の家』は偉大なるホラー映画であり難解な映画としても知られる。そこで『パニック・アリゲーター』の追加インタビューと合わせて『墓地裏の家』についても熱く語ってもらった。
(ネタバレ注意!)

シルヴィア演じる謎の少女が抱く左手のない人形、ラストシーンで少女の左手が服で巧妙に隠されている理由は1つの答えに帰結する。

「『墓地裏の家』で私は二つの役を演じています。フロイトシュタインの娘である少女の幽霊メイと同時に彼の左腕も演じています。フロイトシュタインは再生して永遠の命を得るために人肉を食べ、大人も子供も殺し、その体の一部を自分の体に縫い付けていました。彼が殺人を犯すシーンでは、大人の腕と子供の腕が一緒になっているのが分かります。つまり、私は自分の左腕を彼の体の一部として提供し、多くの人を殺す役を演じたのです。とても特別な経験でした」。

『墓地裏の家』の屋内シーンはローマのスタジオ、屋外シーンはアメリカで撮影された。撮影期間をシルヴィアたちはどのように過ごしたのだろう。

「撮影が終わってからジョヴァンニ・フレッツァ(映画でボブ役を演じた子役)と私は片時も離れず過ごしました。街を歩き回ったり、一緒に遊んだりしました。私たちはとても仲の良い友だちでしたが、フルチ監督とは決して親しい間柄ではありませんでした。私は母とジョヴァンニの家族と一緒にニューヨークを散策しましたよ。何しろ、アメリカにいること自体が夢のようなことだったので、できるだけ多くの場所を見ようとしたんです」。


■ 恐怖の殺人ダンス教室とイタリアン・ホラー最後の輝き


輝かしい子役時代を過ごす彼女だったが…
80年代中盤のイタリアン・ホラーは『デモンズ』(1985)のランベルト・バーヴァら新世代監督の登場で期待に満ち溢れていた。

ルチオ・フルチのスリラー映画『マーダロック』(1984)はそんな高揚感の中で製作された。プロを目指すダンス・スクールの学生たちが次々に殺害される物語だ。『マーダロック』でシルヴィアは殺人を目撃する下半身麻痺の少女を演じた。彼女はプロ・ダンサーを目指すベビーシッターに屈折した感情を見せる。この脆い内面を持ったキャラクターが、彼女の子役時代最後の長編映画の仕事とされている。

「1981年に『墓地裏の家』を撮影した後、フルチ監督は1984年の『マーダーロック』に私を起用したいと言ってくれました。当時私は12歳でした。監督はすでに私のことを知っていたので、この映画 の オーディションは受けませんでした。ただカメオ出演を依頼されただけでした。監督は非常に選り好みをする人だったので、私はとても嬉しく誇りに思いました。監督は子役の私たち(私とジョヴァンニ・フレッツァ)を高く評価してくれていたと聞きました」。

そして『マーダロック』の後、1985年にシルヴィアは女優を引退した。

「1985年当時、女優として引っ張りだこだったのに引退したのは私の意思でした。でも、当時13歳だった私は自分がどれほど恵まれていたのかに気づいていなかったんです」。

シルヴィアは自分の成功に居心地の悪さを感じていた。普通のティーンエイジャーでいたい、街で人に気づかれたくなかった。内気だったシルヴィアは全てを隠す必要があると感じていたのだ。

「当時の私にとって、引退はある意味で安堵であり解放でもありました。もちろん、後になってそれを深く後悔することになりました」。

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配信元: 週刊実話WEB

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