段ボールの底の1枚
引越しの日取りが決まったのは、先月の中頃でした。会社の異動で、隣の県に移ることになりました。荷造りは進めていたつもりでしたが、直前になって食器棚の裏や、押し入れの奥から、まだ物が出てくるのです。2人で使っていた鍋、貰い物のマグカップ、そして、あのプリクラ。段ボールに詰めたり、捨てたりを繰り返していると、判断のつかない物が残っていきます。プリクラは、そのうちの1つでした。裏側には、俺の字ではない、彼女の丸い字で、日付が1つ、書き添えられていました。捨てる袋にも、段ボールにも入れられず、俺は1枚だけ、財布に挟みなおしました。
返事を求めない、と決めた文面
箱を封じる手を、俺は1度、脇に置きました。荷物の判別に疲れたからではありません。財布に挟みなおしたプリクラの日付が、何度か頭に浮かんだからでした。彼女とは1年前に別れました。原因は、俺の方にありました。仕事の付き合いで飲み歩くことが増え、返信は雑になり、会っても俺の話をするばかりでした。彼女に「少し距離を置こう」と切り出されて、俺はそのまま黙って席に残りました。引き止める言葉が、あのときは最後まで浮かびませんでした。連絡先は残していましたが、こちらから開いた日はなかったはずです。この街を離れる前に、返事を求めない一言だけ、送ってしまおう、と決めました。
