古典的なミステリーでは、「死体が握りしめた証拠」が事件解決の決め手になる場面がたびたび描かれる。では、現実の死体も死後に何かを握り続けることはあるのだろうか。法医学者が解剖した航空事故では、海底に3日間沈んでいた訓練生の遺体が、腐敗が進んだあともなお操縦桿を固く握り続けていた。その手が語っていた"最期の瞬間"とは――。『法医学教授が教えている 死体の授業』から一部を抜粋、編集してお届けする。
「死体が握りしめた証拠」
Q.「重要な手がかりを握ったまま死んでいる」死体は実在するか?
A.可能だが、時間が経てば死後硬直が緩んで離してしまうことも
「死体の手に握られていた○○は、きっと犯人の重要な手がかりに違いない!」
古典的なミステリーでは定番の演出ですが、実際に死後もなにかを握ったままでいることは十分に可能です。
通常、死んでから2、3時間ほどで死後硬直がはじまると、約12時間で全身に硬直が広がります。気温や死亡時の状況にもよりますが、一般的にはそこから1~2日ほど硬直が持続したのち、3~4日を過ぎると徐々に筋肉のこわばりは解けていきます。
超軽量アクロバット飛行機が墜落し、死亡した操縦者と同乗者の2名を解剖することがありました。
超軽量飛行機は2人で操縦できる機体です。
この日、前の席には訓練生が、後部席には指導教官が乗っていたのですが、くるくると回転しながらの飛行中になんらかのトラブルがあったのか突然、海に墜落。
たまたまとおりかかった海上保安庁の巡視艇がそれを目撃したため、すぐに捜索が始まりました。しかし、機体が海底の深いところまで沈んでいたため作業は難航。結局、機体と2人の死体が回収されたのは墜落から3日後でした。
墜落の衝撃と海中に3日間沈んでいた影響で、飛行機の表面はボロボロに塗装がはがれ落ち、屋根は吹き飛んでいましたが、操縦していた2人は、それぞれの席に座ったままの状態で発見されました。
顔や手首などの衣服に覆われていない部分の皮膚はふやけて腐り、水中生物によって食べられて一部の骨がみえている状態でした。おそらく食べたのは海中に浮遊する貝殻をもつ前の貝の幼生でしょう。骨折などの外傷も確認できました。
一方で、そこまでボロボロの体になってもなお、前の席に座っていた訓練生の手はしっかりと操縦桿を握っていたのです。
恐怖で失神したまま操縦桿を渾身の力で握り続けて…
おそらく、訓練生は飛行中にパニック状態に陥ったのではないでしょうか。訓練生が座っていた前の席と、指導教官が座っていたうしろの席は、操縦桿が連結しており、動きが連動する構造になっています。そして恐ろしいことに力の強いほうが勝つ(優先される)構造なのです。
訓練生がパニックになって操縦を誤っても、教官が操縦桿を押し戻せば、墜落にはいたらなかったはずです。
けれども、最後まで訓練生の手が操縦桿を握っていたということは、恐怖で失神したまま操縦桿を渾身の力で握り続けてしまい、教官がそれを押し戻すことができずに墜落した、と考えるべきでしょう。
車であれば、ブレーキをかければ止まりますが、空中を飛ぶ飛行機は停止できません。また、超軽量飛行機は軽量化のために、自動操縦などの安全装置をつけていないため、操縦によって空中で体勢を立て直すしかないのです。
この航空事故は極端なケースかもしれませんが、死後硬直が続いている限り、筋肉は緊張してこわばり、なにかを握っているのであれば、そのままの状態が続きます。
ただ、死後数日が過ぎて硬直が解けると、固く握りしめていた手のひらもほどけていくと考えていいでしょう。このケースでは冷たい海水により硬直が保たれていたと考えられます。
文/飯野守男 写真/shutterstock

