超精密センサーへの道――回転摩擦抑制のインパクト

今回の研究が示した一番大きなポイントは、特殊な電源や難しい装置がなくても、摩擦を極限まで小さくした回転する円盤が作れる、ということです。
言い換えれば、磁石と円盤を完全に対称的に配置するというシンプルなアイデアだけで、今まで大きな障害だった渦電流の摩擦を理論上ほぼゼロにでき、実験でも極めて小さく抑えられることが分かりました。
この発見の面白さは、「複雑な方法で摩擦を避ける」のではなく、「摩擦が発生する根本的な原因」をなくす方向から解決したことにあります。
磁石と円盤を完璧な対称形に整えることで、渦電流の元となる「磁場の変化」自体を生じさせないという新しいアプローチを取ったのです。
先に説明したように、従来は素材を微粒子にしたり、特殊な加工を施して渦電流の広がりを防ぐ方法が主流でした。
しかし今回の研究では、それとはまったく違う発想で、摩擦を原理から減らすことに成功しました。
では、この発見は私たちにどのようなメリットをもたらすのでしょうか?
簡単に言うと、私たちはこれまでにないほど高精度な「回転センサー」を手にする可能性が出てきました。
こうした摩擦がほとんどない回転装置は、「ジャイロスコープ」と呼ばれる精密な方向測定器や、非常にわずかな圧力や加速度の変化を測る超高感度センサーとして理想的です。
回転が止まる原因となる摩擦がほとんどないため、わずかな外からの変化でも円盤の回転に影響が現れるのです。
ただ、現時点ではまだ完全に摩擦をゼロにしたとは言えません。
実験でも、ごく僅かな傾きや磁石・素材の不均一さによって、微量ながら摩擦が残っていることが確かめられています。
これは実験を行う上で避けがたい現実的な限界です。
とはいえ、研究チームはこれらの限界も将来的には克服できると考えています。
より精密な加工や装置の安定化を進めれば、今よりさらに摩擦を小さくできる見込みがあるからです。
また今回の実験は常温環境で行われました。
超高精度な装置を作る場合、通常は超低温や特殊な環境が必要になりますが、この円盤は常温でも非常に低い摩擦を実現できています。
そのため、将来的にはもっと幅広い分野での応用も期待できます。
例えば、これをもとにして日常的に使える高精度な測定機器が登場するかもしれません。
そうなれば、私たちの暮らしの中で「目に見えない微小な変化」を簡単に測定できるようになる可能性もあります。
さらに研究チームは、この装置が将来、量子現象の研究にも役立つ可能性があると指摘しています。
量子現象とは、ごく小さな粒子が常識では考えられない動きを見せる世界のことです。
今回の円盤は非常に摩擦が少なく、長時間回転できるため、こうした量子のふるまいを、より大きなスケールで観察する実験にもつながるかもしれません。
言ってみれば、量子の世界と私たちの日常世界の「橋渡し」になる可能性を秘めているのです。
科学というのは時に非常にシンプルな発想で大きな壁を越えます。
今回の研究もまさにその一例でしょう。
「対称性」という単純な考え方が、摩擦という長年の難題をほぼ解決できる可能性を示したのです。
参考文献
浮上ローターが切り拓く、古典・量子物理学のための超精密センサー
https://www.oist.jp/ja/news-center/news/2025/10/10/freely-levitating-rotor-spins-out-ultraprecise-sensors-classical-and-quantum-physics
元論文
A magnetically levitated conducting rotor with ultra-low rotational damping circumventing eddy loss
https://doi.org/10.1038/s42005-025-02318-4
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

