メリット3:芸術や自然をより深く味わえる
ショーペンハウアーによれば、欲望を満たすだけでは苦しみから根本的に逃れることはできません。
喉が渇いたときに水を飲めば、苦しみは一時的に消えます。
しかし、やがて再び喉が渇きます。
孤独なときに友人と会えば気持ちは楽になりますが、その関係が失われる不安や、新たな不満が生まれることもあります。
「欲望を満たすことによって得られる快楽は、もともと存在していた不足や苦痛が取り除かれた状態にすぎない」と、ショーペンハウアーは考えました。
そのため、快楽は短く、欲望の循環は終わりません。
しかし私たちは、音楽や絵画、小説、演劇、自然の景色などに夢中になっているとき、欲望そのものを一時的に忘れることがあります。
好きな音楽を聴いて時間を忘れたり、物語の世界に入り込んだり、美しい絵画や自然の景色に言葉を失ったりした経験がある人は多いでしょう。
その瞬間、私たちは「自分に何が足りないか」「何が不満で何を欲しているか」「次に何を手に入れるべきか」と考えるのをやめています。
ショーペンハウアーは、このように芸術や自然の美しさに没入することを、欲望の支配から一時的に解放される体験だと考えました。
芸術を鑑賞している間だけ、人は欲望に追い立てられる個人としてではなく、目の前のものを純粋に眺める存在になれます。
これは欲望を満たすことで得られる快楽とは違います。欲望そのものを忘れることで得られる美的解放です。
もちろん、芸術による解放も永久には続きません。
音楽が終わり、本を閉じ、美術館を出れば、私たちは再び日常の欲望や悩みへと戻ります。
それでも、一時的に欲望の苦しみから離れ、心の中に静けさを取り戻せることには意味があります。
芸術は人生の苦しみを完全に解決してくれるものではありませんが、苦しみ続けるだけではない時間を与えてくれます。
人生が苦しみを避けられないものだと考えるからこそ、ショーペンハウアーは、芸術が生み出す短い平穏を高く評価したのです。
悲観主義は「諦める思想」ではない
ショーペンハウアーは、人間を含むすべての生命が、満たされることのない「意志」に動かされていると考えました。
欲望が満たされなければ苦しみ、満たされれば新しい欲望か退屈が待っています。
生き物同士は生存のために争い、どれほど生きようとしても、最後には老いと死を避けられません。
このように見ると、ショーペンハウアーの哲学はとても暗いものです。
しかし、苦しみが人生の一部であると認めることは、必ずしも絶望や無気力を意味しません。
誰もが苦しんでいると知れば、人に優しくできます。
人間以外の生き物も苦しむと知れば、思いやりの範囲を広げられます。
そして苦しみから完全には逃れられないと知れば、芸術や自然が与えてくれる一瞬の静けさを、以前より深く味わえるかもしれません。
悲観主義の価値は、未来を悪く予想することではありません。
この世界に存在する苦しみを軽視せず、それにどう応えるべきかを考えさせる点にあります。
人生には苦しみがあるからこそ、苦しみを減らす行動には意味があります。
ショーペンハウアーの悲観主義は、人生を諦めるための哲学ではなく、他者への思いやりと、つかの間の美しさを見失わずに生きるための哲学なのです。
参考文献
The Schopenhauer Principle: How pessimism can help steer your life
https://bigthink.com/mini-philosophy/the-schopenhauer-principle-how-pessimism-can-help-steer-your-life/
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

