日奈久断層の上に位置し、最大震度6強の激震で甚大な被害を受けた熊本県八代市。JR鹿児島本線など鉄道3線が乗り入れる八代駅も7月30日、「終日運転見合わせ」と大書された紙が所在なげに貼られ、人影もまばらだ。駅前には2日前まで、地元やジャズ愛好家らに愛された老舗喫茶店があった。
地域で長く愛されてきたジャズ喫茶が…
落ち着いたジャズが流れ、コーヒーを飲みながらアート鑑賞ができる「珈琲と画廊珈琲店ミック」。見る影もなく瓦礫となったその場所に独りたたずむ女性がいた。
女性はミックの元従業員だった。
「お店が倒壊した時にオーナーが閉じ込められたけど無事救出されたという話を知人から聞きました。それでもお店の様子が気になったので見にきました。そしたら本当にこんな状態になってしまっていて……。本当にいいお店だったので、残念で仕方ありません。
地震発生時は熊本市内の職場にいました。最初揺れ始めた時はデスクにしがみついていましたが、揺れが強く、デスクの下にもぐりました。安全確認後に上司から促されて帰路につきましたが、電車も動いておらず熊本市から宇城市の小川町までタクシーで移動しました。金額は8000円ほどでした。ひどい渋滞で到着したときには午後11時ごろで、そこから3〜4時間かけて歩いて小川防災拠点センターまでたどり着きました」
「これで死ぬのかな」ひねられて回転しているような感じで揺れて…
八代駅近くの公民館には、被災したミックの現役スタッフの女性がいて、創業当時からの歴史を語ってくれた。
「ミックはマスターが昭和42年(1967年)の8月4日に開店した店なんですよ。マスターももうすぐ82歳になるので去年から営業時間を午後3時までにしていたんです。地震の日はその日までやっていた展示会の絵を入れ替えるため、搬出を午後4時過ぎまでやって、展示会の関係者が帰られたところでした。
その後マスターと私を含めたスタッフ3人の計4人でおしぼりを干すなど閉店作業をやっていました。この建物は1階が店で2階は自宅という店舗兼住宅になっていて、中学生になるマスターの孫娘が2階の自分の部屋にいました」
長い歴史をもつ「ミック」が激震に襲われたのは、午後4時27分だった。
「もともとここは昭和13年に建築された呉服店で、昭和42年に喫茶店に改装して使っていたんです。それで1回耐震化補強はやっていたので、10年前の地震では外壁がやられたりスピーカーが落ちるなどで半壊はしたものの、躯体そのものに損傷はありませんでした。
今回は10年前の揺れみたいのが1回きて、耐えられるかなと思った瞬間になんというか、渦を巻くような感じになって。家をひねられて回転しているような感じで、揺れて立てなくなり、『これで死ぬのかな』と思いました。
目を開けてみると何か白い物が上にあって閉じ込められたのですが、『鉄筋だと持ち上げられないけど木造だから頑張れば出れるんじゃないか』って思ったんです」
そこから先の記憶ははっきりしないものの、女性は瓦礫をかき分け脱出、九死に一生を得た。
「閉じ込められたけど空間自体はあって体は動かせたんです。周囲も真っ暗ではなく明るかったし、なんとなくここを押し上げて登れば屋根に出れるんじゃないかって。他のスタッフ2人も無事に脱出できていたんですが、マスターは大きなテーブルの下に閉じ込められ、孫娘の『お母さーん』という声も聞こえました。
屋根が覆いかぶさっているので姿はまったく見えないのですが、自分の部屋の位置でした。おそらく3つ折りにして立てかけておいたマットレスがガードしてくれたんじゃないかと思います。
孫娘に声をかけると『息はできる。怪我はしてない』と返事がありました。余震で(さらに崩れて)隙間がなくなったらどうしようと思い、消防署に駆け込みました」

