東京の上野動物園から双子のジャイアントパンダのシャオシャオ(オス)とレイレイ(メス)が中国へ送られ、日本からジャイアントパンダがいなくなって半年が経った。「ゼロパンダ」の背景にあるとみられる日本と中国の緊張激化が変わる気配はなく、新たにパンダが日本に来る見通しはない。上野動物園の入園者はこの間に2割弱減少し、パンダの集客効果の大きさを改めて浮き彫りにしている。“パンダなし”の上野はこの先、どうなるのか。〈前後編の前編〉
日本からパンダが消えて半年…
上野動物園では、2023年まで35年間にわたって使用されてきた東園の2代目パンダ舎の取り壊しが決まり、工事を前にこのパンダ舎の観覧通路を開放し、飼育の歴史をたどるパネル展が8月16日まで行なわれている。
展示初日の7月25日の土曜日。午前9時には東京の気温は30度を超え、最高気温は37.1度の猛暑日になったが、9時半の開園と同時に30人ほどのファンがパンダ舎の展示を目指した。
炎天下にもかかわらず、服もリュックもマスクも黒で固めた女性が目立った。飼育スペースを撮影する時に仕切りのガラスに自分の姿が反射して写り込まないようにするためだという。
その一人、50代女性のA子さんは、シャオシャオとレイレイの姉に当たるシャンシャンを、2017年に生まれた時から“推し”にしてきたという。
「あのころは土日は必ず来て、立ち止まれないので何周もして見てました。平日はがんばって働いて土日はシャンシャンに会いに来る、みたいな感じです。保護のための寄付もしました。
癒しというか生きがいです。2023年にシャンシャンが中国へ行った後もシャオレイ(シャオシャオとレイレイ)がいたのでずっと来ていました。上野にはパンダがいるものと思ってたので、いなくなって喪失感はあります。(以前パンダがいた)神戸(王子動物園)にも和歌山(南紀白浜アドベンチャーワールド)にも帰って来てほしいです」
そう語るA子さんは年間パスポートで今も週末ごとに来園し、ゾウやカバを見に来るという。3年前に東園パンダ舎での公開が終了した後もそばまで来て中をのぞき込み、中でシャンシャンが遊んでいた姿を思い出してきたという。
上野動物園には、1972年に中国から初めてジャイアントパンダのランラン(メス)とカンカン(オス)のカップルが贈られ、以来上野は“パンダの街”として知られてきた。中国からのパンダはその後期限付きの協定に基づく貸与方式になり、日本生まれのシャオシャオとレイレイが今年2月20日の貸与期限を前に1月27日に日本を離れた。
この2頭に代わるパンダを中国が貸与しないことで上野からパンダが姿を消した。中国は昨年11月の高市早苗首相の台湾有事発言で日中間の緊張が一気に激化した直後、「中⽇間の緊張が続けば、中国が⽇本に新たなパンダを貸与することは恐らくない」との対日政策研究者の発言を党機関紙で報じ、貸与拒否の理由が関係悪化にあることを隠さない。日中関係はその後も好転するどころか軍事的な緊張も増している。
パンダ不在で入園者2割弱減
では、パンダの不在で、週末の動物園の人出には変化があるのか。
前出のA子さんの印象では、人出は以前と比べて減っていないという。実際、25日、5歳の男の子を連れて来園した30代の父親Bさんは、「人寄せパンダ君はいないですけど、まあ息子はゾウを見たいそうなので楽しいと思いますよ」と話した。
だが上野動物園の担当者は、
「(パンダがいなくなった後)入園者は2割程度減少しています。パンダ観覧がなくなったため平日の入園者数が減少しており、それが入園者数に表れていると思います。土日祝は家族連れなど一般の方が多く来園しており、この点では以前と変わっていない印象です」
と話す。
正確には2~6月の入園者数は昨年の同期間より29万268人少ない125万9395人で、18.7%減少した。
実際、パンダの有無はこれまでも動物園の人気に直結してきた。カンカンとランランが来た1972年度の⼊園者数は501万人弱と開園以来初めて500万⼈を超え、1974年度には約764万⼈とピークを迎える。
その後、2008年4月に1頭しかいなかったリンリン(オス)が死亡すると、08年度の入園者は前年より59万⼈以上減の約289万⼈と300万人を割り込み、09年度も10年度も低迷した。

