
オランダのラドバウド大学ドンダース研究所(Donders Institute)などで行われた研究によって、くすぐったいと感じる体の部位は、文化圏が違っても驚くほど一致していることが明らかになりました。
中国・オランダ・ギリシャという異なる文化的背景を持つ448人にくすぐったさの全身地図を作成してもらったところ、首、脇の下、お腹、足の裏が、どの文化圏でもほぼ同じ位置に浮かび上がったのです。
抱擁のような他のスキンシップは文化によって感じ方が異なることが知られています。それにもかかわらず、くすぐったさだけは国境を越えてほぼ共通していました。
キルテニ氏は「参加者の出身地に関わらず、驚くほど似たパターンが見られました」と述べています。
では、なぜ脇の下や足の裏はあれほどくすぐったいのでしょうか?
研究内容の詳細は2026年8月10日に『Nature Human Behaviour』にて発表されました。
目次
- 文化が違っても、くすぐったい「地図」は同じだった
- 2000年越しの「5つの定説」が、次々と崩れた
- それでも「くすぐったさ」は、まだ説明しきれない
文化が違っても、くすぐったい「地図」は同じだった

脇の下にだれかの指が近づいてくる気配だけで、思わず腕をぎゅっと閉じてしまう——そんな経験は、誰にでもあるはずです。
くすぐられて笑い、逃げ、抵抗する。この一連の反応は、日本で暮らす私たちにとってあまりに当たり前のものです。
ところが、それが文化を越えて本当に同じなのかを体系的に調べた研究は、これまでほとんど存在しませんでした。あまりに身近すぎて、科学の正面に立たされることがなかったのです。
そこで研究チームは中国・オランダ・ギリシャの3つの文化圏から448人を集め、人体のイラスト上でくすぐったいと感じる場所を塗り分けてもらいました。
対象としたのは、羽でなでるような軽い接触ではありません。思わず笑ってしまう、あの強めのくすぐりです。
こうして描き出されたくすぐったさの全身地図(身体マップ)に浮かび上がったのは、首、脇の下、お腹、足の裏でした。
この4カ所を中心としたパターンは3つの文化圏で大きく重なっており、2つの文化のデータだけで学習させた機械学習モデルが、残り1つの文化の地図をぴたりと言い当てられるほどでした。
未知の文化のくすぐったさを予測できてしまうということは、その配置に文化を超えた共通の型があることを意味します。
参加者の98%以上が「くすぐられた経験がある」と回答し、その反応も「笑う」「逃げる」「抵抗する」と文化を問わずよく似ていました。
他のスキンシップでは文化ごとに心地よさの感じ方が変わることが知られているにもかかわらず、くすぐったさに関しては、反応にも身体地図にも大きな文化差がほとんど検出されなかったのです。
それどころか、チンパンジーやボノボも脇や足、お腹など人間と同じ場所を手や指でくすぐり合い、笑い声に似た発声を出すことが報告されています。
くすぐりという行動は、ヒトの文化どころか種の境界すら越えて受け継がれてきたのかもしれません。
場所がここまで普遍的であるなら、その理由は文化の側ではなく、身体そのものの側にあるはずです。
実際、この疑問は2000年以上ものあいだ、答えの出ないまま思想家たちを悩ませてきました。
2000年越しの「5つの定説」が、次々と崩れた

なぜ脇の下や足の裏ばかりがくすぐったいのか。
この問いは、実は古代ギリシャの哲学者アリストテレスの時代からずっと議論されており、あのダーウィンも考えていたことが知られています。人類最高峰の頭脳たちが、くすぐったさという「たかが」の前で本気で悩んできたのです。
そうして残されたのが、現在も語られる5つの説です。
皮膚が薄い場所だからという「皮膚の厚さ説」、触覚の神経が密集しているからという「触覚感度説」、攻撃されると致命傷になりやすい急所だからという「弱点防御説」、性感帯と重なるからという「快感説」、そしてダーウィンが唱えた「普段あまり触れられない場所だからくすぐったい」という「接触頻度説」です。
どれも直感的にはもっともらしく聞こえますが、驚くべきことに、これらの説がくすぐったさの全身データと実際に突き合わせて検証されたことは一度もありませんでした。今回の研究は、その初めての本格的な一斉検証でもあったのです。
結果は、大方の予想を裏切るものでした。5つのうち4つが、データの前であっさりと沈んでいったのです。
まず「皮膚の厚さ説」。唇やまぶたは体のなかでも特に皮膚が薄い場所ですが、くすぐったさの上位常連にはまったく顔を出しません。
次に「触覚感度説」。手や手のひらは触覚の神経がぎっしり詰まった高感度エリアですが、くすぐったい場所としてはむしろ鈍い部類でした。
「弱点防御説」も、急所の目安として動脈の太さと照合すると有意な関連は見られませんでした。「快感説」もまた、参加者自身が「触れられて心地よい場所」として塗った地図とはほとんど重なりませんでした。
シオン氏は「よくある説明のいくつかは、データに合致しません」と述べています。
4つの説が沈んだあと、ただひとつデータと一致したのがダーウィンの「接触頻度説」でした。
自分自身でも他人からもめったに触られない場所ほど、くすぐったさが強い傾向がはっきりと確認されたのです。
では、触られないことがなぜくすぐったさを生むのでしょうか。
研究チームが挙げるのは「予想外」という要素です。
日頃から触れられている場所への接触は、体にとって想定内の出来事にすぎません。ところが脇の下や足の裏のように、普段ほとんど触れられない場所に何かが触れると、体はそれを予期していないのです。
この不意打ちが、あの強い驚きの反応を引き出しているのではないか——そう考えると、くすぐったさの正体は「予想外の接触への驚き」だったということになります。

