新卒フリーランスとしてお金をもらって生きのびる
大学を卒業する前からライターとしての活動を始め、大学卒業と共に開業届を提出しました。「1日8時間、週5で働く」を一度も体験しないまま、新卒でフリーランスになったのです。そこそこの大学を卒業したのに新卒切符を捨てたのはもったいなかったかもしれません。
しかし、15歳の頃からじわじわ感じていた「普通ができない自分」の生きのび方としては、悪くない選択だと思います。不登校経験や浪人経験を活かし、「普通ではないが、自分に合った働き方」を選べたのは、今でもちょっとした誇りです。
学校も仕事も、いろいろな選択肢を持てたらいいのに
今振り返ると、高校を選ぶ際には通信制の学校を検討してもよかったように思います。当時は「通信制高校は特別な事情がある人が行くところだ」と思い込んでいましたが、それは自分が思う「普通」にとらわれていただけです。自分の適性や無理のないやり方を検討できていませんでした。
自分の中の「普通」にとらわれると、本当はたくさんあるはずの選択肢が狭まり、自分を苦しめることになるのだと思います。
「普通は1日8時間、週5で働くべき」「正社員が当たり前」「普通は20代後半で結婚して、子どもを2人産む」「年齢とともにキャリアアップして年収も右肩上がりが当たり前」。
学生時代のわたしは、当たり前のようにこんなことを考えていました。でも本当に、それが「普通」なのだろうか。自分の性質に合ってる? そもそも心の底から望んでいること? なんとなく「架空の平均」に惑わされていない? ツッコミの言葉は、いくらでも出てきます。
フリーランスになると決めた大学4年生の頃、地元の友人から「でもそんな働き方、現代の日本では現実的に無理だよね」と真っ直ぐに言われたことがあります。フリーランスとして働いている人はいくらでもいるし、大学4年生のわたしはすでに収入を得ていたにもかかわらず、友人にとっては「現在の日本では現実的に無理」とのこと。わたしはこの時、人によって世の中の見え方が大きく異なり、それによって「できる」「できない」のイメージも変わることを実感しました。
学生時代から、会社員でも公務員でもない人やフリーランスの人に会ううちに、それもまた一種の普通だと思えてきました。今まで感じてきた「普通」を疑い、「普通」から逸脱して見える人たちに会ってみる。それを繰り返すうちに、いつの間にかかつての「普通」の外側に出てこれました。
学校生活でも、社会人生活でも、気を抜けばすぐに「普通は〇〇」「〇〇べきだよね」と言いかけます。本当にそうしないと生きていけないんだっけ? 誰かに命令されたっけ? 本当はたくさんの選択肢があることに思い至らず、自分で思い込んでいるだけのことがたくさんありました。「本当にそうだっけ?」と疑う目を持ちながら、自分でも大丈夫な生き方・働き方を選び続けていきたいと思います。
