■大事なものだと積極的に見せようとしてくるものはうそばっかり
●最後に監督ご自身のこともうかがいますが、初監督の『ゲルマニウムの夜』(05)からちょうど20年という年を迎え、何か思い新たにすることなどありますか?
実はこの本(『おーい、応為』)を書いた時期は10年以上前なんですよね。そう考えると何か変わったかと言うと、そうでもないんです(笑)。ただ、何も変わっていないかもしれないが、今こうして『おーい、応為』撮っていることに思うことはあります。というのも、当時はまだ未来がなんとなく見えていた時代というか、30代前半くらいの時はもう2000年代に入ってはいたけれど、今よりも世の中がまだ見えた気がするんです。でも今は、世の中がどうなっているのかが分かりにくい状況だと思う。なので、こういう応為のような人たちを、このタイミングで映画化できたことは、僕にとっては少し良かったことだなと思うんです。
この映画では、本当に身近な些細な親子の機微を描いているけれども、そこには大事なものが全部あると思っています。優しさだけでなく、悲しみがあってもどうにか乗り越えていこうとする人々の話なので、間違わずに生きていくうえでの大事なもの描けたかなと。「大事なものだ」と言って、それらを積極的に見せようとしてくるものって、うそばっかりなんですよ(笑)。
劇中で地面に伏せて絵を書くシーンがあるのですが、僕の書いたト書きには祈りをしているように描くと書いてあるんです。なので、みなさんがこの映画を観て運が少し上がるように、お守りのような映画になればいいなと思っているので、ぜひご覧になっていただければなと思います。
■公式サイト:https://oioui.com/ [リンク]
■ストーリー
北斎の娘、お栄はある絵師のもとに嫁ぐが、かっこうばかりの夫の絵を見下したことで離縁となり、父のもとへと出戻る。父娘にして師弟。描きかけの絵が散乱したボロボロの長屋で始まった二人暮らしだが、やがて父親譲りの才能を発揮していくお栄は、北斎から「葛飾応為(おうい)」(いつも 「おーい!」と呼ばれることから)という名を授かり、一人の浮世絵師として時代を駆け抜けていく。
美人画で名を馳せる絵師であり、お栄のよき理解者でもある善次郎との友情や、兄弟子の初五郎への淡い恋心、そして愛犬のさくらとの日常……。嫁ぎ先を飛び出してから二十余年。
北斎と応為の父娘は、長屋の火事と押し寄せる飢饉をきっかけに、北斎が描き続ける境地
“富士”へと向かうが……。
(C) 2025『おーい、応為』製作委員会
(執筆者: ときたたかし)
