「ぼくはいつでも、いっしょうけんめい歌を作ってる」
俺は何度も苦い汁を飲まされた。作った歌が禁止されるのさ。あいにく俺の声が通る声で、とてもBGMとして聴き流せないからだ。聴く人が聴くと何らかの意味を持ってしまうらしい、俺にはカンケーないのに。
俺が友達だと思ってるレコード会社の奴らに、レコードにしてもらえないなんて、俺の気持ちを考えたことがあるかい? 俺が作ったんだぜ。
ぼくはいつでも、いっしょうけんめい歌を作ってるんだよ。才能があるから歌ができると思ってるかも知れないが、それはちがう。作っているんだよ。
何のためにぼくの歌をレコードにしないのか、いつもよくわからない。保身のため? ヤオモテに立つのは歌ってる俺だぜ。君じゃない。会社を守るためだとしたら、全く考えすぎとしか思えない。メンドーをおこしたくない? 社長におこられるのが怖くて、僕の歌をボツにするのか? まったくよくわからない。
本当はお前らをぶんなぐってやりたい気分なんだよ。でも、がまんせざるをえない俺の気持ちを考えたことがあるのか? 笑わせんじゃねぇよ。それでも俺は友達だと思ってるんだぜ。できることなら、この胸を切り裂いて、どんな気持ちで歌を作ったのか、見せてやりたいよ。
今でも忌野清志郎の作った歌が時代を越えて人々の心に届くのは、表現者として音楽の力や純潔性を信じていたこと。そして、観客やリスナーの音楽への愛に期待していたからだと思う。
古びるどころか逆にリアリティを増して
本当の表現者はいつだってぎりぎりのところで、しばしば恐怖や絶望感におののきながらも、なんとか自らを奮い立たせて新しい作品に立ち向かっている。だからこそ、身近で友達だと思っていた人たちに裏切られた時のやるせなさと無念が、しばらくは消えなかったのだろう。
『COVERS』はその後、RCサクセションの古巣だったキティレコードが、8月15日の終戦記念日にアルバムをリリースすることになった。発売中止の騒ぎがアルバムの宣伝に役立ったことで、バンドにとって初めての1位を獲得するという結果がもたらされた。
ある音楽専門誌は当時、「明日なき世界」の歌詞を引用してこのように絶賛した。
『COVERS』の清志郎は怒っている。それは血の涙を流さんばかりの怒りだ。「世界が終わるなんて嘘だろ?」と叫ぶ清志郎は、最大の「敵」を見つけたのだ。だから88年のRCがこんなにも危うくて熱い。よみがえったゴジラの大進撃を見るようなとにかく痛快な1枚だ。大推薦盤。(「シンプジャーナル」)
その一方で、ある文芸評論家が、アルバム自体をあからさまに非難した原稿を寄稿していた。
このLPはすべて、60年代ポップスの替え歌なのだ。こんなへたくそな歌手に、これほどつまらん歌詞をつけられてリメイクされていると知ったら、ディランもレノンもアダモも、「ポップの魂」の名にかけてきっと怒り狂うだろうし、実際、彼らの歌声とともに思春期を送ったわたしなどは、怒りを越えてひたすら赤面してしまった。(「朝日ジャーナル」)
それから40年近い年月が過ぎて、この乱暴な発言はもちろんすっかり色褪せて忘れ去られてしまった。2009年に忌野清志郎が逝ってしまった今もなお、残された歌は多くの人に聴かれ続けることで、彼のメッセージを後世に伝えている。
「これほどつまらん歌詞」と罵倒された歌詞は、古びるどころか逆にリアリティを増しているのだ。
文/TAP the POP、佐藤剛
参考
https://www.tapthepop.net/song/34738
https://www.tapthepop.net/extra/34766
引用/ロックン・ロール研究所編『生卵 忌野清志郎画報』(河出書房新社)

