10月16日にインドネシアのサッカー協会は、パトリック・クライファート監督の解任を発表した。インドネシア代表は、アジア最終予選プレーオフに進出したが、10月の2連戦でサウジアラビア代表とイラク戦に敗退。国民の悲願だった来年開催される北中米ワールドカップ(W杯)の出場権を逃していた。
日本のサッカーファンにもお馴染みの元オランダ代表のスーパースターは、今年1月に2年契約で監督に就任。その背景には、インドネシアサッカー協会の「帰化政策」があった。
「インドネシアでは、国民的スポーツと言えるほど、サッカーが人気のスポーツとなっていて、それだけに、インドネシアのサッカー協会にとってW杯出場は至上命題でした。そこでウルトラCの秘策として、インドネシアにルーツを持つ、インドネシアの旧宗主国であり、サッカーの強豪国であるオランダの、インドネシアにルーツを持つ選手を大量に帰化させたんです。チームの『オランダ色』が強まったことで、影響力を持つクライファート氏に白羽の矢を立てました」(サッカーライター)
それでも、クライファート氏は、選手時代は輝かしい成績を残したものの、監督としての実績はほとんどなし。就任当初から不安視されていたが、案の定、最悪の結末を迎えてしまった。
国内のサッカーファンの怒りのボルテージはマックスに達し、ホコ先はサッカー協会に向けられている。というのも、そもそも、1945年の独立後、初めてアジア最終予選に進出させたのは、韓国人のシン・テヨン監督だった。戦略家で知られ、日本代表と同じグループに入った最終予選でも1勝3分2敗と大健闘していたのに、年明けに電撃解任していた。
「わずか10カ月でクライファート氏もクビにすると、あろうことか、後任には再びシン・テヨン監督の名前が浮上。ただ、すぐさま本人が否定しました。功労者にもかかわらず、無下に扱われた屈辱は忘れていなかったようで、韓国メディアで過小評価されたことに不満を漏らしていました」(前出・サッカーライター)
「たられば」の結果論になるとはいえ、インドネシアサッカー協会の判断ミスによる騒ぎは、しばらく尾を引きそうだ。
(海原牧人)

