
国際研究チーム「BESIII」で行われた研究によって、物理学者が約50年探し続けてきた幻の粒子「グルーボール」の存在を示す、これまでで最も明確な証拠が得られました。
グルーボールは、物質の材料である素粒子「クォーク」を一切含まず、粒子をくっつける「力」そのものが固まってできた前例のない物質形態です。
力とはふつう、物を押したり、引いたり、くっつけたりする働きのはずなのに、それを運ぶ粒子だけが集まって「粒」になるとはどういうことなのでしょうか?
研究内容の詳細は2026年7月22日にプレプリントサーバー『arXiv』にて発表されました。
目次
- 物質ではなく「力」だけでも粒子になれる
- 「力が固まって物質になる」という新常識
- 前例のない形態の物質
物質ではなく「力」だけでも粒子になれる

私たちの体も、机も、夜空の星も、細かく砕いていけば原子になり、原子の中心には陽子や中性子が詰まっています。
そしてその陽子や中性子も、さらに小さな「クォーク」という粒が3つ集まってできています。
ところが、クォークをいくら集めても、それだけでは陽子や中性子という形あるまとまりになりません。
バラバラのクォークを固く貼り合わせる”接着剤”のような結びつける力の役割を果たす粒子(グルーオン)が働いて初めて、陽子や中性子が形になり、原子が、そして私たちの世界ができあがります。
つまり万物は「物質を作る粒子」と「力を伝える粒子」のセットでできているのです。
より砕けて言えば「材料」と「接着剤」のセットとも言えるでしょう。
実際、力を伝える粒子である「グルーオン」という名前自体も英語で「接着剤」の意味をもつグルー(glue)が含まれています。
そしてこの接着剤には、他の粒子にない奇妙な性質があると考えられていました。
それは「接着剤自身が、接着剤にくっつく」ということです。
たとえば光(光子)は電磁気の力を運びますが、光同士が直接くっついて塊になることはありません。
しかしグルーオンは自分同士でも結びつくため、理論上は材料のクォークが1つもないまま、接着剤だけが丸まった塊が存在できてしまうのです。
この「純粋な力の塊」こそがグルーボールです。
しかし困ったことに、グルーボールは普通の粒子とよく似た姿で現れるため、決定的な見分け方がなかなかありません。
そんな中で浮上した最有力候補が、2011年に北京の実験で発見された粒子「X(2370)」でした。
(※Xは「正体不明」を、数字はおおよその重さを表しています。)
その重さが、理論の予言するグルーボールの範囲にぴったり収まっていたのです。
ただこのときは、「本物のグルーボールなのか、それともクォークでできた普通の粒子なのか」という区別がつかないままでした。
体重だけで誰かを決められないのと似ていると言えるでしょう。
そこで研究チームは、候補止まりの状況を打ち破るべく、「クォークを含まないこと」をあぶり出す検証に挑みました。
「力が固まって物質になる」という新常識

グルーボールの最大の特徴は、「クォークを1つも含まない」ことです。
クォークには6つの種類があり、物理学ではこれを「フレーバー(風味)」と呼び分けています。
陽子や中性子などの粒子はクォークという材料からできているため、壊れるときには中に含まれるクォークの性質を反映した、特徴的な壊れ方をします。
たとえば、ストレンジクォークという種類を材料に含む粒子が壊れると、ストレンジクォーク入りの破片(φ中間子)が飛び出してきやすくなります。
一方、アップクォークとダウンクォークでできた粒子が壊れたときに飛び出してきやすいのは、それら2種類を含む別の破片(ω中間子)になります。
これに対し、中身が接着剤だけのグルーボールには、破片に引き継がせる材料がそもそも1つもありません。
それでも壊れたときにはクォーク入りの破片が飛び出してきます。
破片のクォークはどこから来たのかというと、親から受け継いだものではなく、壊れる瞬間のエネルギーからその場で新しく作られたものです。
素粒子の世界では、エネルギーと物質は互いに姿を変えられる関係にあります。
グルーボールを固めていた接着剤は、それ自体が莫大なエネルギーの塊なので、粒子が壊れて接着剤がほどけると、行き場を失ったそのエネルギーが、クォークという物質の姿に変わって飛び出してきます。
そして、このエネルギーから作られた「新品のクォーク」こそが決定的な違いを生みます。
特定の種類のクォークを多く含む粒子を壊したならば、その破片には親譲りの偏りが現れます。
しかし壊れる瞬間のエネルギーでその場で出現する場合、親譲りの偏りがありません。
結果としてグルーボールは、特定の種類だけをえこひいきすることなく、軽いクォークをどの種類も分け隔てなく生み出す壊れ方のパターンをするはずなのです。
そして逆に、クォーク入りの親粒子なら起こせるのに、グルーボールには理論上絶対に起こせない壊れ方のパターンも存在していたのです。
スイカとメロンをバットで割ったとき、その飛び散り方が絶対に同じにならないのであれば、飛び散った跡を調べるだけで、割られたのがどちらだったのかを言い当てることができます。
とくに「スイカなら必ず種が飛ぶが、メロンでは絶対にそうならない」という違いがあるなら、判定は一撃です。
種が飛んでいなければ、それはスイカではありません。
幻のグルーボールを見分ける手がかりも、まさにこの「理論上、絶対にしない飛び散り方」でした。
クォークという材料を含む粒子(スイカ)なら普通に起こせるのに、グルーボール(メロン)には原理的に起こせない壊れ方が存在するのです。
2011年の時点では「質量が似ている」としか言えなかったX(2370)も、壊れ方を徹底的に調べれば、クォーク入りの普通の粒子なのか、力そのものが固まったグルーボールなのかを見分けられるはずです。
そこで研究チームは約100億個ものJ/ψ粒子の崩壊データを調べ上げ、X(2370)がクォークの塊(スイカ)なら起こせるはずの壊れ方(K*(892)とK中間子への崩壊)の痕跡を探しました。
するとこの膨大なデータの中に、X(2370)がその壊れ方をした確かな形跡は見つかりませんでした。
この結果は、X(2370)がクォークの種類をえこひいきしない粒子——すなわち主成分がグルーボールである可能性を強く示しています。
決め手はこれだけではありません。
X(2370)については、2011年の発見以来、さまざまな性質が一つずつ測定されてきました。
重さも、自転のような性質(スピン)も、生まれやすさも、そして今回調べられた壊れ方のパターンも、その全てが「グルーボールならこうなるはず」という理論の予言とぴたりと重なっていたのです。
個々ならば偶然ですが、偶然が重なるにつれて選べる選択肢が消えていき、全体を自然に説明できる唯一の候補として残ったのが「主成分はグルーボール」だったのです。

