長嶋との忘れられない出来事
一方、もうひとりの巨人の大スター、長嶋茂雄について聞くと、王とはまったく違う言葉が返ってきた。
「ライバルと思ったことないですよ。向こうは遠い存在の人ですから。当時のスポーツ新聞をみれば長嶋一色ですからね」
現役時代の長嶋は、板東より4歳年上。板東が中日に入団した当時、すでに長嶋はプロ野球界を代表するスターだった。同期として飯を食い、酒を飲んだ王とは違い、長嶋は「遠い存在」だったという。
実際、板東は王を相手に好成績を残していた一方、長嶋には本塁打を6本打たれている。
それでも、引退後には長嶋との忘れられない出来事があった。
長嶋が巨人の監督として第2次政権を率いていた1994年のことだった。板東が解説の仕事で球場にいると、長嶋のマネージャーから声をかけられた。
「所マネージャーが『監督がお呼びなんで』っていうから、“またなんかいらんこと言ったかな”って心配しながら監督室まで連れて行かれたの」
通常、監督室など簡単に入れる場所ではない。何を言われるのかと身構えていると、長嶋は板東の顔を見るなり、思いもよらない言葉を口にした。
「そしたらいきなり『板ちゃん、板ちゃん、ありがとう』と言われるから、なんのこっちゃわからなくてポカーンとしてると、『板ちゃんがテレビやラジオで復帰を促すことを言ってくれて、またこうしてユニフォームが着られるようになって、ありがとう』って長嶋さんが言うんです」
テレビやラジオで長嶋の監督復帰を後押しするような発言をしていた板東に、直接礼を伝えたのだという。板東は、そのときのことをこう振り返った。
「こういう気配りができる人なんだな〜って感動しました」
現役時代は、到底ライバルなどとは思えない「遠い存在」。それでも、年月を経た後、一人の人間として接した長嶋の姿に板東は感銘を受けた。
王は「ワンちゃん」。新人時代から飯を食い、酒を飲み、ときに寿司屋で打撃について語り合った同期の友人だった。長嶋は、スポーツ新聞を独占するほどの「遠い存在」。
同じ巨人のスーパースターでも、板東英二にとって2人との距離感はまったく違っていた。それでも王と長嶋の話になると、板東の言葉にはどこか懐かしさがにじんだ。
文/松永多佳倫

