「もっと人に優しくなりたい」「相手の失敗を許せる人になりたい」。そう思っていても、なぜか他人のミスや弱さにイライラしてしまう――。その原因は、相手ではなく「自分自身」にあるのかもしれない。自分に「これくらいできて当然」「努力が足りない」と厳しい基準を課している人は、無意識のうちに同じ基準を他人にも求めてしまうという。では、周囲から「一緒に仕事をしたい」と思われるような、他人に寛容な人になるにはどうすればいいのか。『「好かれる人」のこれだけ いつも選ばれる人に変わる非認知能力のトリセツ』より一部を抜粋、編集してお届けする
自分の現在地を受け入れた人は、他人もすんなり受け入れられる
「もっと人に優しくなりたい」
「相手の話をちゃんと聞ける人になりたい」
「器の大きな人間になりたい」
こうした願いを持つ人は多いと思います。でも、ここで大切なことをお伝えしなければなりません。
他人を受け入れたいなら、まず自分を受け入れること。
自分の失敗を許せない人は、他人の失敗も許せないからです。
自分に「もっとできるはずだ」と言っている人は、他人にも「もっとできるはずだ」と求めてしまいます。自分の弱さを認められない人は、他人の弱さにもイライラしてしまいます。
これらは、意地悪でそうしているわけではありません。無意識に自分に向けている基準が、そのまま他人にも適用されてしまうのです。
私自身、かつては自分に厳しい人間でした。「これくらい、できて当然」「努力が足りない」「甘えるな」。そんな言葉を、常に自分に投げかけていました。
結果、同じ言葉を他人にも向けるようになっていたのです。
部下がミスをすると、「なんで、こんなこともできないんだ」と怒っていました。
後輩が弱音を吐けば、「甘えるな」と内心で感じていました。
自分に厳しくしているぶん、他人にも同じ厳しさを求めてしまっていたのです。結果として、周囲の同僚たちから「白石とは一緒に仕事をしたくない」と言われることになりました。
本当の問題は、他人に厳しいことではなく、自分を受け入れられていなかったことだったのです。逆もまた真なりで、自分を受け入れられるようになると、他人も受け入れられるようになりました。
自分の失敗を「まあ、そんなこともあるよね」と許せる人は、他人の失敗にも寛容になれます。自分の弱さを認められる人は、他人の弱さについても「そういうことも、あるよね」と受け止められます。
自分に優しくできる人は、他人にも自然と優しくなれるのです。
自分を尊重、イコール他人も尊重
ある日私は、自分に対する厳しさを手放してみました。
「完璧じゃなくてもいい」「失敗してもいい」「いまの自分で十分だ」──そう思えるようになったとき、驚くほど他人への見方が変わりました。
部下がミスをしても、「大丈夫、次があるよ」と言えるようになりましたし、後輩が弱音を吐いても「そういうこともあるよね」と話を聞けるようになったのです。
自分を許せるようになったら、他人も許せるようになる。これは甘やかしではありません。自分の現在地を正確に受け入れているからこそ、他人の現在地も尊重できるようになるのです。
第2章で「自分に気づけた人は、他者の出しているサインや変化にも気づけるようになる」とお伝えしました。それと同じ構造がここにもあります。
自分に気づける人は、他者にも気づけます。自分を受け入れられる人は、他者も受け入れられます。この順番は変わりません。
「器の大きい人になりたい」「優しい人になりたい」と思うなら、まず自分を受け入れること。自分に優しくすること。それが、他者を受け入れるための土台になります。
好かれる人は、他人に寛容です。
そしてその寛容さは、まず自分を受け入れることから始まっています。自分を許せるから、他人も許せる。
自分の不完全さを認められるから、他人の不完全さも受け入れられる。自分を受け入れることは、自己満足ではありません。他者を受け入れるための「準備」なのです。
〈これだけ〉
自分に厳しすぎる人は、他者にも厳しくなってしまい、周囲から煙たがられる。ダメな自分も受け入れて、他者にも寛容になろう。
文/白石慶次 写真/shutterstock

