メジャーリーグで大活躍の大谷翔平も2018年と2023年に受けたのがトミージョン手術(2回目はハイブリッド手術)だ。肘の靱帯が損傷した際に靭帯を修復するための手術だが、近年肩や肘を壊してしまう選手が増えていると嘆くのは野球解説者のエモやんこと江本孟紀さん。オーバーワークは避けるのに1キロ、2キロのスピードにこだわる最近の風潮が悪いと指摘する。
書籍『ベンチには年寄りを入れなさい』(ワニブックス)より一部を抜粋・再構成してエモやん流の考察を紹介する。
「○○込み」はハラスメントというアホらしさ
ピッチャーが肩肘を壊さないようにするにはどうしたらいいか。
① 下半身を強化し、地面を踏ん張り、股関節のひねりで強い力を生み出す。
② 体幹を強化し、下半身で生じた力を上半身に連動させる。
③ 正しい体の動きを反復練習し、肘と肩の運動を安定させ、持続力をつける。
今も昔も変わらない。時代も何もない。
走り込みをし、腹筋・背筋を強化し、投げる。それが基本だ。キャンプでは走り込みと投げ込みをしなければならないが、最近ではピッチングコーチが「走り込み」「投げ込み」を命令できない。なぜか。
「○○込み」はハラスメントになってしまうと言うのだ。
アホらしくて話にならない。
挙げ句の果てには、スポーツ新聞に「40球の投げ込み」などと書かれている。
そんな40やら50やらを「込み」と言うなんて、おかしいとは思わないのか。シーズンが始まれば、100球以上を投げるのだから、キャンプ期間中に200球、300球と投げ込む日がなければ、どうやって安定したフォームをつくるのか、疲れない体づくりができるというのか。
オープン戦だってそうだ。最近では終盤になっても先発投手が5イニングまで、場合によっては3イニングまでしか投げなかったりする。
試合数が少ないのもあるが、先発ローテを狙わせる投手には少なくとも7イニング、できれば完投できるように計画するのが当たり前だと思う。
先発投手は5イニングでいい、中継ぎ投手は1イニングでいいとなり、その結果、瞬発力だけ、力任せの投球スタイルになり、そして行き着く先はトミージョン(以下TJ)手術だ。
スピードガンのせいで肩肘を壊す
TJ手術につながるようなケガが増えている背景には、「スピードを測る」というこれまた誤った考え方がある。
1970年代半ばからMLB中継で、遅れること数年、日本のプロ野球中継でもスピードガンによる球速表示が使われるようになった。現在では測定器が普及し、それが「肩肘は消耗品」という誤解以上に、肩肘を壊す背景になっている。
本来、野球という競技は、勘違いや錯覚を利用する心理ゲームだ。
特にピッチングは、どのカウントで、どの球種を、どこに投げるかによって、打者は狙いやタイミングを外され、打ちづらくなる。だから、速い・遅いといった「感覚」が重要なのであり、時速○キロといった「数値」にはさほどの意味はない。
にもかかわらず、野球界には、その数値を絶対的に信用して重要視する「スピードガン原理主義」がまかり通っている。
かつて阪急、オリックスで活躍した星野伸之は、スローカーブとのコンビネーションと球種がわかりにくい独特のフォームで、120キロ台の直球で振り遅れさせ、普通に空振りさせていた。
速球全盛の現在でも、スピードガン表示は140キロそこそこでも、直球で勝負できる投手はいる。逆に150キロ超の速球を投げても、あっさり打たれてしまう投手もいる。ピッチングの本質を示すいい例だ。
しかし、日本でもアメリカでも、プロ野球を目指している若い投手たち、それを育てる指導者たち、才能を発掘しようとするスカウトたちにとって、スピードガンの数字は手っ取り早く資質を示す指標だ。まあ、大相撲の新弟子検査で身長と体重を測定するようなものだ。
本当は、その1キロ、2キロにこだわる必要などまったくない。それはそうだろう。10球も投げればへたってしまう「MAX150キロ」になんの意味があろうか。
しかし、現実には下半身も、体幹も、投げるスタミナも未熟なのに、瞬発力だけでスピードを記録して、ケガをしてしまう若い才能が多いのだ。

