「老後に2000万円が足りない」と話題になった金融庁の試算だが、「コロナ禍によって見直された生活スタイルが、この不安を打ち消すヒントを与えてくれている」という佐藤優氏。かつてのバブル世代が、現代の若者たちの暮らしに学ぶべきこととは。
『定年後の日本人は世界一の楽園を生きる』より一部抜粋・再構成してお届けする。
コロナ禍で若者が見せた生活を見習う
2020年初頭から日本と世界に蔓延した新型コロナウィルス感染症……この際の、いわゆるコロナ禍によって、おカネの遣い方が大きく変わった。
たとえば家にじっと籠もって出歩かない、旅行も買い物も控え、外でお酒を飲むこともない……そんな人たちが、特に若者を中心に現れた。すると、意外におカネを遣わずに生活できることが明らかになった。
──こうして図らずも、私たちは、まだまだ節約できることを知ったのだ。
老後資金が2000万円足りないという政府の試算も、その前提が大きく変わってきた感がある。
2019年6月に金融庁が発表した報告書では、夫65歳以上、妻60歳以上の無職夫婦の場合、1ヵ月の生活費の平均は26万3718円。年金などの実収入は20万9198円。毎月の不足額の平均を約5.5万円として、そのあと20年から30年の人生が残っているとすれば、不足額の総額は、単純計算で1300万円から2000万円になるという計算だった。
この数字が独り歩きして、まるで老後に新たに2000万円稼がなければならないのかと誤解されたのだが、一方で平均的な貯蓄額は約2300万円……多くの高齢者の生活がすぐに崩壊するわけではない。
先述の報告書でも、「この金額はあくまで平均の不足額から導き出したものであり、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる」と定義している。
この収入と支出の差の5.5万円は、節約すれば十分に埋めることができる。このことがコロナ禍によって証明された。
たとえば現在の若者は、余暇は月額1000円くらいの動画配信サービスを観て過ごし、スイーツはコンビニで買って済ませ、外食もしない。こうした「生活保守主義」を、定年後の人たちは見習うべきだろう。
若者の「生活保守主義」を見よ
この「生活保守主義」は、コロナ禍のもと、そもそも初めから金銭に余裕のない若者を中心に始まった。おカネを使わずに倹約に努める生活だ。
若者たちは、まず、外食をしない。その代わりにコンビニの商品を好んで食し、自宅でネットフリックスを観る。月額1000円程度で映画やドラマ、そしてアニメ作品の数千作が見放題という動画配信サービスだ。これを大画面テレビで観られれば、それだけで幸せを感じる。
多くのことを求めない、小さな幸せを感じて満足する、当然、冒険などしない……現在の若者は、みな同じような感覚を持っている。
そして、職場でも贅沢などしない。自宅からポットの飲み物と弁当を持参する。コンビニで買う場合でも、せいぜい、オニギリかサンドウィッチ、そしてサラダなど……数百円内に留める。
しかし現在の定年後の人たちは、20代や30代にバブルを経験した。私は当時、ソ連の日本大使館に勤務していたため経験していないが、それは贅沢三昧の毎日を送っていたようだ。
たとえば普通のビジネスパーソンも、週末の繁華街で終電を逃すと、道で一万円札を振ってタクシーをつかまえたという……なぜならタクシー運転手も、近距離の客など乗せたくなかったからだ。
当然、会社の同僚と行くランチでも、1000円や1500円は当たり前。そのあと喫茶店でのコーヒーもルーティーン。そして洋服はデザイナーズブランドで固め、ユニクロがなかったので、普通の靴下や下着も1000円以上した。
三十数年が経過し、世の中は変わった。ただ定年後の人たちには、かつてのバブルの感覚が残っている。現在の若者に学ぶところがあるかもしれない。人生を楽しむことは素晴らしいこと。しかし「現在の若者たちには夢がない」などと言わず、彼らの生活感を導入すべきだろう。
こうしたことが、コロナ禍によって、日本社会で明らかになった。
フジテレビが制作した『東京ラブストーリー』というドラマがある。柴門ふみ氏の原作漫画をもとに、1991年に鈴木保奈美と織田裕二の主演でドラマ化された。全編で、この項で述べたような豪華な生活が繰り広げられている。登場する自動車も外車、デートも洒落たフレンチやイタリアンのレストランが舞台となる。
このドラマはフジテレビによって、2020年にリメークされた。しかしそのなかで描かれる生活の水準は、1991年版よりも、かなり低い。たとえば登場人物は外食などせず、家で飲むことが増えている。
これを観ても、バブル崩壊後の経済政策は、まったくの失敗だったことが分かる。その多くの期間で政権を担当した自民党、そして消費税の増税を決めた民主党に関係した政治家は、まさに切腹ものだろう。
しかし、現状を憂いていても、何も変わらない。私たちは今日も明日も生きていかなければならない。そして、その生活を「世界一」に近づけることは、定年後の日本人には、可能なのである。
文/佐藤優

