ローランギャロス(全仏オープン)の会場が、東京に出現した――!
大げさではなく、そう驚かされる光景だった。青空に映える、赤土のコート。“RG(=Roland Garros)”ロゴに、大会公式スポンサーであるRENAULT(ルノー)社やLACOSTE(ラコステ)社のバナー。選手入場時の音楽も、ローランギャロスで流れるそれと同じだ。
コートだけではない。クラブハウスもオレンジと白を基調とした、クラシカルなデザインに統一されている。そしてコートサイドには……、ローランギャロスを4度制したレジェンド、かのジュスティーヌ・エナン(ベルギー)の姿があった。
「ローランギャロス ジュニアシリーズ by Renault」は、同大会のジュニア部門出場権をかけた地域予選。そのアジア大会が、ローランギャロスと同質のレッドクレーコートを有する第一生命相娯園テニスコートで、2025年10月15日から19日にかけて開催されている。参戦するのは、アジア各国から集った16歳以下のトップ選手たち。その大会会場は空気からして、そこがはるかパリに続いていることを、自ずと選手に実感させていた。
「ものすごく、緊張しました」
18日の準決勝、鈴木美波との試合に6-2、7-5で勝利した駒田唯衣は、安堵の笑みを、ややぎこちなく広げた。
「会場の雰囲気もすごいし、ボールキッズや線審もいるし、何より、自分が好きな選手が試合を見ていてくれたことに緊張しちゃって」
そう言う駒田の顔が、ぱっと明るくほころんだ。
ローランギャロスの歴史の一部とも言えるエナンが東京にいるのは、同大会のアンバサダーだからである。連日、会場を訪れ、試合をつぶさに観戦し、直接助言を与えることも。
赤土の戦い方を誰より知る彼女の目に、アジアの選手たちはどう映っているだろうか?
「この一週間、とてもポジティブな要素を目にしてきました」と、かつての世界1位が言う。
「もちろんここにいる選手たちの多くは、クレーコートでのプレー経験は少ないと思います。それでもこの一週間の間で、とても素早く適応できているのを感じます。まず感じたのは、選手たちのプレー態度です。常に戦う姿勢、ファイティングスピリッツをコート上で見せているのが良いですね。
技術面では、どの選手も非常に高いなと感じました。多くの選手たちにとっては、これまであまり自国以外の選手と対戦することがなかったと思います。ですから最初は、異なるタイプの選手と試合をして、とまどっていた部分もあったでしょう。でもみんな良い姿勢を貫いている。試合を重ねるごとに、プレッシャーを乗り越える様子など、どんどんプロフェッショナルになっていると感じています。ですから全体としては、非常にポジティブな印象です」 エナンが見ているのは一試合での技術面や戦略面だけではなく、一週間の戦いを通じて成長していく過程。そして彼女が繰り返し使った言葉が、“Attitude(態度・姿勢)”と“ファイティングスピリッツ”だった。これらこそが、テニスにおいて重要な要素と見ているのだろうか?
その問いに、エナンが答える。
「一般的にテニスは、驚くほど一瞬で流れが変わるスポーツです。ですから常に、あらゆる状況に備えていなくてはいけない。例えば6-2で第1セットを取ったら、ホッとしてしまう。それは普通のことで、誰だってそうです。そしてセカンドセットでは0-2になってしまう。これも良く見る光景です。その時に諦めず、『まだ0-2だ。ここから取り返すぞ』となれるかどうか? 私は今大会で、そのように戦う選手たちや、そのような状況をたくさん見ました。これは人生と同じです。毎日が新しい日。次に何が起きるか、予測はできない。だから、あらゆるシナリオに備えておくことが重要なのです。
そして大切なのは、決して諦めないこと。今日、勝利した。それは良いことです。自信も付くので、それはとても重要です。でも特にジュニアの時には、もっと大切なのは、将来のビジョンを持って日々試合や練習に取り組むこと。私が試合を見る時に重要視しているのは、『未来への意志』が感じられるか。そして実際に今大会では、多くの選手からそれを感じることができました」
闘志は今この瞬間に全てを注ぎ、同時にプレーは未来を見据える――。
元世界1位が試合を見る時にも注視するのは、その点なのだろう。実際に、駒田対鈴木の試合直後に両選手の印象を尋ねた時、エナンは次のように即答した。
「ラウンドロビンの時から、コマダは非常にレベルの高い選手だと思っていました。彼女が決勝に行くと思っていたので、今日の結果も驚きではありません。コマダの方がスズキよりも、経験があるようにも感じました。今日の試合でも競ってお互いプレッシャーの掛かる場面が幾つかありましたが、それらにうまく対処できていたのがコマダだったと思います。
でもスズキのプレー、そしてアティテュードもとても良かった。色んなことをトライし、何かをしようという意思が感じられました」
なお鈴木は試合後に、自らエナンに助言を求めに行ったという。
「テニスIQの高い試合をしていた。見ていて面白かった。色んなことをやろうとしているのはわかったし、先が明るいテニスをしている」
それがエナンから掛けられた言葉なのだと、溶けそうなほどに破顔しながら、鈴木が言う。
「めっちゃモチベーション上がりました! クレーコートは、自分の弱点も課題も、色んなことが浮き彫りになるコート。もっとクレーで試合がしたい」
その経験と決意もまた、鈴木が今大会から持ち帰る掛け替えのない財産。なおエナンが看破した通り、13歳の頃から欧州遠征をくり返してきた駒田に対し、鈴木は赤土でのプレーは今回が4度目。両者の間には経験面で大きな差があった。
一方の駒田は、憧れの人を目の前にして、まだ自ら助言を求めに行けてはいないという。
「優勝したら、聞きに行きます!」
それが駒田にとってのモチベーションでもあるようだ。
来年の全仏オープンジュニア本戦の切符をかけた決勝戦は、男女とも19日に行なわれる。
女子は駒田対若菜蘭。男子は渡邉栞太対阿部素晴。いずれも日本人対決のカードとなった。
なお大会の模様は、WOWOWオンデマンドおよびスターテニスアカデミー(スタテニ)で放送予定。赤土の上で繰り広げられる若き選手たちの熱戦を、ぜひ見届けてほしい。
取材・文●内田暁
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