アートを見る時間が、人と人をつなぐきっかけになる。
そんな“対話の場づくり”を進めているのが、渋谷を拠点に活動する「シブヤフォント」です。
この団体は、障がいのある人や学生、デザイナーなど、立場や背景の異なる人たちが一緒に文字やデザインを生み出すプロジェクトとして知られています。その活動の中から生まれたのが、アートを通じて語り合う「脳が脱皮する美術館」という対話型のプログラムです。
このプログラムでは、絵や作品を前に“何を感じたか”を自由に語り合い、互いの考えを聴くことを大切にしています。正解を探すのではなく、違いを楽しみ、他者を理解する時間をデザインしていく。そんなアートの新しい形が、教育や企業研修、地域のイベントなど、さまざまな場で広がっています。
アートを媒介に人がつながり、社会の空気が少しやわらぐ。シブヤフォントが描くのは、そんな“まぜこぜ”が心地よい未来です。
対話型アート思考「脳が脱皮する美術館」とは

アートをただ「鑑賞するもの」としてではなく、対話を通じて考えを広げる場に変える。
それが「脳が脱皮する美術館」というユニークなプログラムです。
この取り組みは、東京工芸大学 名誉教授・福島治氏をはじめ、デザインや福祉の専門家たちが共同で開発したものです。もともとはニューヨーク近代美術館(MoMA)で始まった「対話型アート鑑賞」という手法をヒントに、日本らしい形にアレンジされたといいます。作品を見ながら「何を感じたか」「なぜそう思ったか」を語り合う時間の中で、参加者同士の思考や感情が交わり、新しい気づきが生まれます。
特徴的なのは、アートの専門知識を必要としないことです。参加者は自由な言葉で語り、ファシリテーターが対話を導くことで、普段は気づかない自分の感情や考え方が自然と浮かび上がります。静かに作品を眺めるだけでは得られない、他者との思考の交差点。そこでは「感じ方の違い」が豊かさとして受け取られます。
企業研修ではチームビルディングや多様性理解のきっかけに、教育現場では子どもたちの探究学習のツールとして導入されるなど、その活用の幅は広がっています。アートを通して言葉がつながり、人がつながっていく。そこにこのプログラムの本質があります。
アートファシリテーターという新しい役割

「脳が脱皮する美術館」を体験の場として広げているのが、アートファシリテーターと呼ばれる人たちです。彼らは、作品と人、人と人のあいだに生まれる対話を導く“進行役”のような存在です。
参加者が自由に感じたことを話せるように問いを投げかけたり、意見の違いを肯定的に受け止める空気をつくったりする。正解を示すのではなく、会話の流れを丁寧に見守りながら場を整えていくのが特徴です。ときには沈黙の時間さえも大切にしながら、参加者の言葉が自然に出てくる瞬間を待つ。その姿勢が、このプログラムの魅力を支えています。
現在、シブヤフォントのアートファシリテーターは渋谷区内のイベントや学校、企業研修など、さまざまな現場で活躍しています。たとえば学校では、子どもたちが作品を見て「好き」「わからない」と素直に言葉を出し合う時間を支え、企業の場では、部署の垣根を越えて社員同士の理解を深めるきっかけをつくっています。
また、ファシリテーター同士の学び合いも盛んです。修了後も交流や勉強会が開かれ、互いの実践を共有しながら成長していく仕組みが続いています。アートを通して人と人をつなぎ、思考の枠を少しだけ広げる。その存在は、社会の中に“新しいコミュニケーションの形”を生み出しています。
