
アメリカのエモリー大学(Emory University)を中心に行われた最新研究で、体長わずか0.4ミリほどの寄生虫「線虫(せんちゅう)」が、静電気という見えない力を巧みに利用して、空中の昆虫を正確に捕まえていることがわかりました。
線虫はジャンプして昆虫を捕らえようとしますが、静電気を帯びていない昆虫には19回ジャンプしてわずか1回しか命中しませんでした。
ところが、数百ボルトの静電気を帯びた昆虫に対しては、同じ19回のジャンプで(本研究で解析した19本では)全て成功し、命中率は劇的に向上しました。
静電気があたかも「見えない糸」のような役割を果たし、線虫を引き寄せていることが示唆されています。
小さな虫が生きるために利用していたのは、私たちが普段「パチッ」と感じている静電気だったのです。
この発見は、ほかの小さな生き物たちも知らず知らずのうちに静電気を使って生きている可能性を示しているのでしょうか?
研究内容の詳細は2025年10月14日に『PNAS(米国科学アカデミー紀要)』にて発表されました。
目次
- 静電気を味方にする生き物たち
- 静電気を使って寄生ジャンプを成功させる
- まとめ:『電気生態学』は電気と生物進化の関係を考える新しい分野
静電気を味方にする生き物たち

私たちがドアノブやセーターに触れたとき、よく「パチッ!」とくるイヤなあの感覚、ありますよね。
あの正体は「静電気」と呼ばれる、体に帯びた電気が瞬間的に放電される現象です。
私たち人間にとって静電気は、冬場のちょっとしたイライラの種くらいの存在ですが、自然界に暮らす小さな生き物たちにとっては、まったく違った役割を持っています。
じつは、この静電気は、生き物たちが生き延びるための「便利な道具」になっていることが、最近の研究でわかってきたのです。
たとえばミツバチ。
ミツバチは羽を高速で動かすことで、体にプラスの電気を帯びます。
一方、花粉の粒はマイナスの電気を帯びていて、プラスとマイナスの電気がお互いに引き寄せ合うことで、ミツバチは効率よく花粉を集めることができます。
また、クモもこの静電気をうまく利用しています。
クモの巣はマイナスの電気を帯びており、空を飛ぶ昆虫が羽ばたきによってプラスの電気を帯びているため、クモの巣に引き寄せられてしまいます。
いわば、昆虫を捕まえるための「静電気トラップ」になっているわけですね。
さらに意外なことに、ダニのような小さな虫も、静電気をうまく活用しています。
動物の毛皮はこすれ合うことで静電気を発生し、小さなダニはその静電気に引き寄せられることで、動物の体に簡単に飛び移ることができます。
つまり、小さなダニにとって静電気は、自動的にエレベーターのように吸い上げてくれる便利な存在なのです。
さて、こうした静電気をうまく使う生き物のなかで、今回の研究の主役となったのが「線虫(せんちゅう)」という小さな生き物です。
「線虫」という言葉は聞きなれないかもしれませんが、イメージとしてはミミズをものすごく細く短くしたような生き物だと思ってください。
主に土の中に生息し、体は非常に小さく、多くは0.4ミリほどのサイズで、肉眼ではギリギリ見えるかどうかという小ささです。
この線虫の中でも特に今回取り上げられているのが、「シュタイネルネマ・カーポカプサエ」という種類の線虫です。
名前は難しいですが、やっていることはかなりワイルド。
なんと昆虫に寄生して、それを殺してしまう寄生性の線虫なのです。
こう聞くと怖そうなイメージを持つかもしれませんが、実際にはこの線虫は人間の農業を助けてくれるありがたい存在です。
害虫を殺すことから、生物農薬(生きた生き物を使った害虫駆除法)として世界中で広く使われています。
では、体長わずか0.4ミリほどしかないこの線虫が、いったいどうやって自分より遥かに大きな昆虫を捕まえるのでしょうか?
この方法が、実にユニークなのです。
この線虫は土の表面にじっと待ち伏せしており、頭上を昆虫が通りかかるのを察知すると、体をクルリと輪っかのように丸めます。
まるでゼンマイ仕掛けのおもちゃが跳ねるように、強力なバネのように体を伸ばし、一気に空中へジャンプします。
そのジャンプ力は自分の体長のなんと約20〜25倍。
これを人間に例えるなら、10階建てビルを一気に飛び越えるような驚異的なパワーです。
ただし、この大ジャンプにはとても大きなリスクが伴います。
狙った昆虫にしっかり命中しなければ、空中に放り出されて天敵に捕まるか、干からびて死んでしまうという、まさに命懸けのギャンブルジャンプなのです。
それにしても、そんな大ジャンプをして高速で移動する昆虫にピタリと命中するのは、常識的に考えても至難の業ですよね。
線虫はいったいどのような方法で、この「命懸けの空中キャッチ」を成功させているのでしょうか。
静電気を使って寄生ジャンプを成功させる

研究チームは、この線虫の謎めいたジャンプの秘密を確かめるために、小さな実験室で空中での「狩りの瞬間」を再現しました。
とはいえ、単に線虫を飛ばして観察するだけではありません。
研究者たちは、空気中の静電気という「見えない力」が、本当に線虫のジャンプを助けているかどうかを、実際に調べたかったのです。
まず準備されたのは、ショウジョウバエです。
このハエは、細くて目立たない銅線を体につけられ、空中に吊り下げられました。
それだけではありません。
なんとハエに人工的に静電気を帯びさせる仕掛けが施されたのです。
実は昆虫は自然に飛ぶときにも、羽ばたきや空気との摩擦で体に電気を帯びます。
研究チームは自然界で起こりうる電圧を再現するために、ハエの体に100ボルトから700ボルトほどの静電気をかけました。
この「数百ボルト」という電圧、数字だけ聞くと高そうですが、実際には昆虫が普通に飛ぶときにも帯びる現実的な電圧です。
一方の主役である線虫は、地面の代わりに湿った紙の上に置かれました。
湿った紙を使う理由は重要です。
この紙は「接地面」といって、線虫の体に電気が溜まりすぎないよう、余分な電気を地面に逃がす役割があります。
こうして線虫は余計な電荷をため込まずにスタンバイできるのです。
実験が始まり、線虫がターゲットのハエに向けてジャンプします。
映像はまさにスローモーション映画のようでした。
線虫は長さが0.4ミリと非常に小さいため、肉眼で見ると「点」ほどしかありません。
そんな小さな点が、空中を勢いよく飛び出すのです。
しかし、普通に跳んでもなかなか命中しません。
実際に、電気を帯びていないハエに対してジャンプした場合、19回跳んでわずか1回だけしか当たりませんでした。
ところが、ハエを静電気で帯電させると、まるで魔法を使ったかのように命中率が飛躍的に高まりました。
具体的には、本研究で詳しく解析した19回のジャンプすべてで命中したのです。
まさに、静電気が空中に「見えない糸」を張っているかのようでした。
さらに詳しく調べるために、研究者はコンピュータを使って命中率を計算しました。
弱い静電気(100ボルト)では命中率が10%以下でしたが、強くする(700ボルト)と60%以上になり、そこに「そよ風」程度の弱い風(0.2メートル毎秒)が加わると70%を超えることが分かりました。
わずかな電気と風が重なり合うと、大幅に当たりやすくなるのです。
では、このような「見えない糸」は、どのように生まれるのでしょうか?
そのカギが「静電誘導」と呼ばれる現象です。
聞き慣れない言葉かもしれませんが、静電誘導とは、簡単に言えば「近くにある電気の影響を受けて、自分自身も電気を帯びる現象」です。
実際にハエがプラスの電気を帯びて線虫に近づくと、線虫の体内では電気が動きます。
線虫の体は、湿った紙を通じて地面と繋がっているため、マイナスの電気を帯びた電子が線虫に流れ込んできます。
すると線虫自身がマイナスに帯電してしまうのです。
結果として、線虫が地面から飛び出した瞬間、プラスの電気を持つハエとマイナスの電気を持つ線虫の間には、見えない「電気の引力」が働きます。
これは、紙コップを糸でつなげた「糸電話」のように、お互いを結びつける力となって線虫をハエに引き寄せるのです。
科学者が解析したところ、このとき線虫が帯びる電気の量は、約0.1ピコクーロンという極小のものでした。
これは理論的に予想されていた数値とぴったり一致し、線虫が小さな導体(電気を通すもの)としてうまく振る舞っていることを示しています。
さらに、この電気の引力に「弱い風」が加わると、線虫の行動範囲は劇的に広がります。
無風のときは基本的にまっすぐ上向きにしかジャンプできないのですが、微風が加わると線虫は少し横に流されます。
そのわずかな横方向の移動が、静電気による引力と組み合わさって、少し遠くのハエにまで届くようになるのです。
線虫がジャンプして獲物を捕らえるという進化を遂げた背景には、こうした自然界に存在する「静電気」と「そよ風」の絶妙な協力が欠かせなかったと考えられます。
まさに自然界が編み出した物理法則の絶妙なコラボレーションと言えるでしょう。

