敗戦後のクラブハウスはいつも、静まり返っている。それがシーズン最後の試合であるならなおさらで、その静寂の中で、いくつもの別れの場面にも遭遇するのが常だ。
10月11日の土曜日も同じだった。カブスは3戦先勝のナショナル・リーグ地区シリーズ第5戦、2勝2敗で迎えた最終決戦で、ブルワーズに1対3で敗れた。試合後のクラブハウスでは、あちこちで選手やコーチがお互いに健闘を称え、ハグをし、別れの言葉を交わすシーンが見られた。その間隙を見つけて、2連敗からの3連勝を期待したシカゴの地元メディアが選手を取り囲むのも見慣れた風景だった。
「負けて終わるなんて最悪だけれど、僕がここに来てから一緒にやってきた選手たちとは、信じられないような長い時間を過ごした親友のような関係であり、皆が家族のようなものだから」
チーム最多の36本塁打を放ったマイケル・ブッシュ一塁手がポツリと言った。すぐ近くのロッカーでは、攻守の要であるダンズビー・スワンソン遊撃手が、憔悴し切った表情でメディアに対応している。
「長いシーズンを通じて同じ時間を過ごしていく中で、絆ってのは生まれるものだけれど、それが強ければ強いほど、最後に負けるのは酷い気分になるし、痛みも大きいし、今はまさにそれを感じているところだ」
スワンソンと二遊間コンビを組むニコ・ホーナー二塁手は、感情を押し殺すような感じでこう言った。
「今年一年、皆でいろんなことを潜り抜けてきたし、いつもベストを尽くしてきたから後悔なんてないけれど、それで痛みが和らぐことはない」
信じられないような守備範囲を武器にファインプレーを連発し、打撃でも30盗塁&30本塁打を達成した“PCA”ことピート・クロウ・アームストロング外野手が続ける。
「僕は(デビューして)まだ2年しかこのチームにいないけど、僕らはいつも一緒にいる家族のようなものだ。一緒にいろんなことを経験した皆と十月まで戦うことができたんだから、素晴らしい一年だったと思う」
大勢のメディアに囲まれて説明責任を果たす。プロ野球選手の仕事の一部だとは言え、楽しいことではない。しかし、全選手がメディアに囲まれるわけではなく、テレビカメラやマイクが向けられるのは、その選手がチームを代表する主力である証でもある。もちろん、我らが鈴木誠也と今永昇太も、そこに含まれている。
「今はとにかく……」と着替え終わった鈴木誠也外野手が小さな声で言った。
「悔しいし、疲れました。今年は本当に長かったから」
ドジャース相手の東京開幕シリーズは、他球団よりも約2週間も早い3月半ばだった。25本塁打、77打点と破竹の勢いで打ち続けた前半戦を終えると、2ヵ月近くという長いスランプを経験した。7月18日のレッドソックス戦で本塁打を含む2安打3打点と、好スタートを切ったものの、翌19日から9月25日のメッツ戦までの54試合では、打率.194、1本塁打13打点という大失速。その結果、シーズン打率やOPS(出塁率+長打率)などの成績は、昨季を超えることができなかった。
「今年は自分の中でも深刻なぐらいな感じで、(打撃の調子が)落ちていたので、すごくそこはいい勉強になりましたし、そこから立て直して、最後いい形で終われたのは自信になった。ギアが上がるポストシーズンで、いい投手がいる中でしっかり打てたのも自信になった。すべてが来年につながるように、明日からやっていけたらいい」 後半戦は7本塁打、26打点と対照的な結果だったが、最後の4試合連続で5本塁打、10打点)と爆発し、ポストシーズンでも全8試合中、7試合で3本塁打を含む7安打、5打点を記録した。
そのおかげで、「魔の2ヵ月」を過ごしたにも関わらず、日本人では大谷翔平(ドジャース)、松井秀喜氏(元ヤンキースほか)しか達成したことのない、シーズン30本塁打以上&100打点以上に到達。32本塁打は日本人歴代6位で、松井秀の自己最多記録である31本塁打を抜いて、上には大谷のみという「絶対領域」に足を踏み入れた。
ちなみに日米合算での通算269本塁打は、日本プロ野球のみで記録した柳田悠岐(ソフトバンク)の268本塁打を抜いて、オリックスや阪神で活躍した石嶺和彦氏と並ぶ歴代62位タイ。同858打点はオリックスなどで活躍した松永浩美氏の855打点を抜いた。
それだけでも十分なのだが、忘れてはならないことが一つある。
それは彼が大きな怪我なく、シーズンを乗り切ったということだ。1年目は左手薬指、2年目は左脇腹、3年目は右脇腹を傷めるなどして、故障者リスト(IL)入り。今年も小さな怪我はいくつもあったし、体調を崩して数試合に出られなくなる時期もあったが、メジャー移籍後最多の151試合に出場したのは、一つの勲章と言ってもいい。
「フルシーズン出たことがなかったんで、それはやっぱり長く感じた。細かい怪我はあったけど、それは誰にでもあること。それでも試合には出ていたし、オフの間からずっとフル出場することを目標にやっていたんで。あれだけ打てなくなってもずっとスタメンで使ってもらってたわけで、そこは良かったと思う」
最終戦でも本塁打を放った鈴木とは違い、今永は登板機会がないまま、ブルペンで試合終了を見届けた。
「行くとしたら早い段階でってところで、相手の打線もジグザグなので、いつ、どこで投げるっていうのは言えないってのはあった。(ブルペン待機は)初めての経験ではあったんですけど、とにかく絶えず身体を動かして、いつ電話が鳴っても行けと言われれば行く準備はしてました」
シーズン終盤からポストシーズンにかけて、鈴木の「魔の2ヵ月」に匹敵するほどのスランプに陥った。前半戦は左太腿裏の張りでIL入りしたものの、12試合に投げて6勝3敗、防御率2.65と昨季を思わせる好成績を残したのに、後半戦は13試合で3勝5敗、防御率4.70と失速したのだ。9月の5試合は10被本塁打、21失点(自責点20)の防御率6点台と低調で、それはポストシーズンに入っても続いた。
パドレスとのワイルドカード・シリーズ第2戦では、チームがオープナーを立てた関係で2番手として登板し、4回3安打2失点。ブルワーズとの地区シリーズでは先発に復帰したものの、初回に失点するシーズン終盤の登板が再現されての3回途中5安打4失点で、どちらの試合も課題の本塁打を献上し、チームの信頼を失くした形だ。
「シーズンの最後とポストシーズンであまりチームの力になれなかった。シーズンを乗り切る投球術と、ポストシーズンで先発なら(速球を)94とか95マイル出せるような、出力を上げる別の投球がまったくできなかったので、それが出来なかったのが課題かなと思う」
実は成績の良かった前半戦から、彼はすでにいくつかの悪い兆候を、データ解析から感じ取っていたという。
「正直言って、通用しなくなっている、それは紛れもない事実なので。これは体感ではなく、いろんな数字を見た事実。正直言って、今と別人にならなければ、この世界で生き抜くにはちょっと苦しいかもしれない」
奪三振率が落ち、速球とスプリットのピッチング・バリューと呼ばれる数値が落ちたのは、以前のコラムでも書いた。それに加えて今季は体力的な問題もあった、と今永は言う。
「シーズン162試合と、ポストシーズンを全部勝ったとしたら、プラス20試合、ワールドリシリーズまであると考えたら、そこの体力が足りてないっていうのは痛感している。他のメジャーの選手って、9月とか10月とか目の色が違う。そういうメジャーリーガーの本気に敵わなかったのがこの9月、10月。それが学びですし、このメジャーリーガーに勝つためには、何をしなければいけないのかってのを、今日の帰り道から考える必要がある」
かつてのノーラン・ライアンや斎藤隆のように、年齢を重ねてからより洗練された投手になって球速を維持、もしくは向上させた投手はいる。ダルビッシュ有(パドレス))のように、何度もサイ・ヤング賞候補になりながら、自分が今、持っている常識を疑いながら「昨日の自分」より良くなると思えば、どんどん、新しいことにチャレンジして成功している人もいる。
そして今永にも、きっとそうなる資質はある。
「正直、一年間ずっと苦しかった、何も見つからないまま終わった。防御率とか勝ち星とか含めて、数字ほど内容は全然良くない。選手としてはダメだった。でも、自分の人格までがダメになったわけじゃないんで、もう一度いい選手になるために、こういう苦しい時が誰かに見られてますしね。ここで何をするのかが人間としては大事なので、投げ出さずに、逃げずに立ち向かっていこうと思う」 ポストシーズンという名のお祭りは終わり、その熱気は一瞬にして消え失せた。5年ぶりのポストシーズンを闘い終えたばかりのカブスたちが、お互いに別れを告げる中、今永は今後の予定の中に、とある練習場へ行くことを明かした。一方、鈴木もさほど気負った様子はなく、こう言うのである。
「明日? 荷物整理もあるんで球場には行きますけど、ちょっとトレーニングもやっときたいっすね」
まあ、これですべて終わったわけじゃないから、と励まされているような気がした。考えてみれば、鈴木も今永もプロのアスリートなのだ。敗戦に打ちのめされても、不調に苛まれても、いつも立ち直ってくる。調子の善し悪しは彼らが作る物語の一部であり、ハッピー・エンディングのためのお膳立てに過ぎないのだろう。
今はただ、彼らがシーズンを戦い終えたことを、心の底から称えるのみ。最後まで諦めず、それぞれの立ち位置で闘い続けた両雄に、拍手を送るのみである。
文●ナガオ勝司
【著者プロフィール】
シカゴ郊外在住のフリーランスライター。'97年に渡米し、アイオワ州のマイナーリーグ球団で取材活動を始め、ロードアイランド州に転居した'01年からはメジャーリーグが主な取材現場になるも、リトルリーグや女子サッカー、F1GPやフェンシングなど多岐に渡る。'08年より全米野球記者協会会員となり、現在は米野球殿堂の投票資格を有する。日米で職歴多数。私見ツイッター@KATNGO
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